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稀勢の里の相撲道 力士数600人割れ 発掘し、育てるのみ (二所ノ関寛)
10日に初日を迎える大相撲春場所の番付に載った力士数は594人だった。1月の初場所で599人となり、1979年春場所以来、45年ぶりに600人を下回った。ピーク時は「若貴兄弟」ブームに後押しされた94年夏場所の943人で、そのときから角界は約6割の規模に縮小したことになる。
新弟子志願者の減少には強い危機感を抱いている。我々若手の親方が先頭に立って、大相撲の魅力をもっと社会に発信していかないといけない。
現実は厳しい。野球の大谷翔平選手が米大リーグのドジャースと10年総額約1000億円という破格の契約を交わした。ゴルフのPGAツアーの優勝賞金も大相撲(優勝賞金1千万円)とは比較にならないほど高額だ。こうした手ごわいほかのスポーツと人材の獲得競争をしていかないといけない。
力士の年収は懸賞金(力士の手取りは1本3万円)や優勝賞金など成果部分の比重が大きく、「横綱になればこのくらい稼げます」と言い切れない面がある。横綱の場合、基本給として月収にして300万円が支給される。それとは別に勝ち越しや金星獲得などによって増えていく個々の「持ち給金」に応じた褒賞金もある。これに懸賞金や優勝賞金、三賞賞金(200万円)、各種手当などを含めた金額が力士の総収入で、関取になればしっかりと稼げる。
ただ、野球やサッカーとは違い、大相撲は複雑な給与体系ゆえに誰の年収がいくらかがはっきりと分からない。どんな生活になるかも想像がつかず、これでは相撲に興味がある人でも入門を尻込みしてしまうのではないか。待遇をさらに引き上げるとともに、どのくらい稼げるのかをもっと明確にする必要もあるのかもしれない。
先日、バスケットボールBリーグの茨城ロボッツの試合を観戦した。会場の演出や映像の使い方がうまく、仮に私が小中学校時代にバスケをやっていてあの試合を見ていたとしたら、相撲に転向せず、そのままバスケをしているかもしれないと思った。
今はスポーツの選択肢が多く、どの競技も魅力向上に努力している。大相撲も一度観戦した子が憧れるような雰囲気づくりをしなくてはいけない。
新弟子が減少しているとはいえ、入ってくれれば誰でもいいというわけではなく、やはり身体能力の高い子に入門してもらいたいのが本音だ。そういう意味では、野球やサッカー、ラグビーなど人気スポーツの強豪高校や大学に所属する選手は運動能力が高く、基礎体力もあるため、私たちからみても魅力的な人材の宝庫だ。
相撲と同じくコンタクトスポーツで、相手を押す要素があるラグビーの子はこれまで何人もスカウトしたものの、なかなかうまくいかない。大半はラグビー愛が強く、「相撲の方が稼げるよ」と誘っても「私は明大でプレーするのが夢なので」などと言われ、断られてしまった。
先日、強豪の日大三高(東京)野球部の練習を見学する機会もあった。立派な体格の子がいたが、打撃マシンの球は遠くに飛ばせても試合での投手の生きた球を打てず、レギュラーではないと聞いた。スポーツの強豪校には、控えや補欠でも目を引く子がいる。
日大三の選手でも全員が野球推薦で日大に進めるわけではないらしく、大学では他競技に転向する子もいるという。それでも大学で活躍できるというから、野球の強豪校に入るような子はアスリートとしての能力が相当高いといえる。そういう子が相撲をやったらどうなるのかなとつい想像してしまう。
そういう意味でも、強豪の常総学院高(茨城)野球部出身で、1月の初場所に初土俵を踏んだ渋谷をしっかりと育てたい。私の故郷である茨城県牛久市出身の初めての弟子だ。故郷の子を横綱大関にすることが私の悲願なので、その点でも渋谷を強くしたいが、もし彼が大相撲で活躍すれば、野球やサッカーがうまいけれどプロ入りは無理という子たちが、相撲に転向してくれるようになるかもしれない。
私も中学生までは野球少年だった。大きな体格に似合わず変化球を操る技巧派投手で、強豪校からも誘いを受けた。自分の経験からしても、相撲は他競技からの転向でも十分に活躍できる。
相撲の立ち合いも野球の打撃も、コンタクトして力を効率的に伝える感覚が必要という意味では共通点がある。渋谷も今は苦労しているものの、野球で培った身体能力は優れていて、乾いたスポンジのように相撲について吸収している。相撲と野球では使う筋肉が違うので、体をつくり直すのに時間がかかるかもしれないが、決して諦めずに強くなってほしい。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODH05B620V00C24A3000000/