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「地上の楽園」だまされた… 「北朝鮮帰還事業」韓国が異例の調査に着手
◆軍事政権の人権弾圧究明する政府機関
真実・和解のための過去事整理委員会は、韓国政府が設置した独立機関。軍事政権による過去の人権弾圧事件などを調査し、真相究明や被害者の名誉回復を行っている。韓国は憲法上、北朝鮮も自国の領土と位置付けるものの、日朝間で行われた帰還事業を調査対象にするのは異例だ。尹錫悦ユンソンニョル政権が北朝鮮の人権問題を国際社会に提起する姿勢を打ち出す中、韓国として初の公式的な調査となる。
和解のための過去事整理委員会 革新系の盧武鉉ノ・ムヒョン政権期の2005年、真実・和解のための過去事整理基本法に基づき設立され、10年に第1期の活動を終えた。20年に第2期委員会が発足。昨年に尹錫悦大統領が任命した金光東キム・グァンドン委員長は右派系として知られる。
帰還事業は日朝の赤十字社が結んだ協定に基づいて行われ、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が組織的な勧誘を展開。日本人妻らを含む9万3000人余りが新潟港から帰還船に乗った。渡航後の北朝鮮で帰還者は差別や貧困に苦しみ、政治犯収容所に送られるケースもあったとする脱北者らの証言が数多くある。
事業が始まったのは日韓が国交を回復する前で、韓国は阻止を試みたが不発に終わった。
帰還事業で北朝鮮に移住した後に脱北し、韓国に居住する当事者や家族ら約30人が、昨年12月に委員会に調査を申請。韓国の外交当局や情報機関が把握していた当時の記録を公開するなどして、被害実態や加害者の責任を明らかにしてほしいと求めていた。
申請に関わった「北朝鮮人権市民連合」理事長で元統一省次官の金錫友キムソグ氏は「委員会が過去の韓国政府の間違いを正すことも必要だが、北朝鮮政権によって人権を侵害された人たちの被害を提起することは意味が大きい」と話す。
◆元渡航者も高齢化「調査を急いで」
【ソウル=木下大資】帰還事業に対する調査開始決定に対し、過去に北朝鮮に渡った人からは歓迎と期待の声が上がった。
「日本でも差別を受けたが、北での差別は比べものにならなかった」
帰還事業で北朝鮮に渡った在日2世で、2003年に脱北した川崎栄子さん(81)=東京=は北朝鮮での生活をこう振り返る。
ソウルで、昨年12月9日、「真実・和解のための過去事整理委員会」に申請書を提出後、会見する川崎栄子さん㊥ら=木下大資撮影
資本主義社会の日本からの帰還者は、潜在的な反体制分子として扱われた。職業選択の自由はなく、渡航時に学生だった川崎さんは地方の大学に入ったが、帰還者の多くは鉱山や農村で働いた。不満を口にすればスパイのぬれぎぬを着せられ、行方不明になる例もあった。
朝鮮総連は「差別や貧困のない地上の楽園に帰ろう」と宣伝していたが、帰還船が北朝鮮の清津チョンジン港に着いた瞬間に、現地の人々のやせこけた姿を見て「だまされた」と気付いた。過酷な環境に、川崎さんは渡航2カ月で自殺を考えたという。
04年に日本に戻り、近年は北朝鮮当局を相手取り訴訟を起こすなど、帰還事業を人権問題として問う活動を続ける。今回の調査開始決定に「これまでの苦労を考えると涙が止まらない。(被害者は高齢化しており)残された時間を考慮して調査を急いでもらえたらありがたい」と語った。
調査を申請した一人で、北朝鮮戦略センター代表の姜哲煥カンチョルファンさん(55)は北朝鮮で帰還者の親の下に生まれ、家族で政治犯収容所に入れられた経験を持つ。「日韓両政府とも、自発的に北朝鮮へ行ったように見える帰還者の問題に大きな関心を払ってこなかった。彼らの置かれた正確な状況がきちんと調査され、国際社会に知られるようになれば」と期待する。