【中央日報コラム】韓国サッカー、生まれ変わるにはまず死ななければならない 日本サッカーが明治維新のDNAを再現して成功したように
韓国サッカーはどのように死ぬべきで、どのように生まれ変わるべきだろうか。今回のW杯で驚くべき技量を見せた日本のサッカーが示唆点を与える。日本サッカーには現在の日本を作った明治維新のDNAが流れている。日本サッカーの発展戦略は明治維新の「富国強兵」の公式そのままに似ていた。1871年冬、横浜港で「アメリカ号」に乗り込んだ岩倉使節団100人余りの心情は切迫していた。これは西欧列強の武力示威の前に危機を覚えた明治政府の核心勢力が国政を空けて西洋に向かった空前絶後のプロジェクトだった。
その後使節団は約2年にわたり米国と欧州の主要12カ国を歴訪し、西欧先進国の政治・経済・軍事・教育制度を緻密に記録した。国家システム改造に命運をかけたこの「留学」の歴史は150年が過ぎたいま、青い芝の上で再現されている。
明治維新当時に西欧の文物を吸収し近代国家の基礎を固めた岩倉使節団のように、現在の日本サッカーには欧州の大リーグのテンポとシステムを学んだ「現代版岩倉使節団(欧州派選手と指導者)」が豊富だ。しかし日本サッカーは模倣にとどまらなかった。西欧の技術を受け入れながら日本の精神を守ろうとした明治維新の「和魂洋才」の哲学のように、先進サッカーモデルを吸収しながらも身体的弱点を補完する独自のスタイルを創造した。短く精巧なパスワークに有機的な組織力を加味した。
1990年代にJリーグはサッカーの水準を一気に引き上げるためにジーコとゲーリー・リネカーのような世界的スターを巨額で迎え入れた。続けてフィリップ・トルシエとアルベルト・ザッケローニなど名将を代表チームの指令塔に座らせ戦術的モデルを構築した。これは近代化初期に産業技術習得に向け西洋の最高技術者を招聘した「お雇い外国人」制度のサッカー版だった。
日本は明治時代に西欧化と緻密な長期計画を通じて近代国家に跳躍した。日本サッカーもやはり「2050年W杯優勝」というマスタープランの下、欧州のシステムをベンチマーキングして幼少年からプロリーグまで優秀選手を常時輩出する効率的システムを確立した。日本近代化の大物福沢諭吉が唱えた「脱亜入欧」はアジアを抜け出し列強の一員になるという思想的スローガンだった。日本サッカーもそのスローガンのようにアジアを超え世界最高水準に進入している。明治維新のエリートが西洋を学ぶのに驚くべき柔軟性を見せたように、日本サッカーも先進サッカーを学ぶのに同じ柔軟性を見せている。
生まれ変わるには先に死ななければならない。過去のやり方をすべて捨てて新たに始めなければならない。今回のW杯での国民的憤怒は「不幸の仮面をかぶった祝福」になるかもしれない。日本サッカーが明治維新のDNAを再現して成功したように。韓国も幼少年育成、Kリーグサッカー協会長選出方式など行政に至るまでグローバルスタンダードを導入しサッカーシステムを改造しなければならない。国家代表チームが強くなるためには日本のように優秀な選手と指導者が絶えず出てくるサッカーシステムを構築しなければならない。それこそ2002年のあの熱かった夏、私たちの胸に刻まれた「私たちはできる」という国家的自負心を取り戻す唯一の道だ。
権奇昌(クォン・ギチャン)/元駐ウクライナ大使、韓国輸入協会常勤副会長
https://news.yahoo.co.jp/articles/42531137b8cc356eedb26f78e95b441f5acf3301