「家族の体調が悪いんです。薬局の場所を知りませんか」。5月上旬、名古屋市中区の商店街で、台湾出身の60代女性が吴小瓊(ウシアオチョン)容疑者(60)から中国語で話しかけられた。しばらく会話をしていると、第三者を装った別の女が合流。「いい先生を知っています。一緒に案内しましょう」などと誘い、近くの神社へ女性を含めて案内した。
神社では霊媒師役の女が待ち構えており、60代女性の家族構成などをずばり言い当てた。府警によると、吴容疑者ら女3人と見張り役の男は、いずれも中国籍の同じグループ。実は神社への道中、案内役らが家族構成などの個人情報を聞き出し、霊媒師役と交流サイト(SNS)で情報を共有していたのだ。
グループの「芝居」は続き、霊媒師役が女性に「あなたの家族が死ぬ。助けたければ現金や貴金属をおはらいする必要がある」などと宣告。女性は自宅から高価なネックレスを取って戻り、現金10万円とともに用意された黒いポリ袋に入れ、おはらいを頼んだ。
霊媒師役は女性の両手を握ったり、手のひらに文字を書いたりして「祈禱(きとう)」を終えると、ポリ袋ごと女性に返却。最後に「効果が薄れないように当分袋を開けないように」と指示した。
ところが、女性が自宅に持ち帰った袋を開けると、中に入っていたのは水の入ったペットボトルや塩。現金や貴金属はなくなっていた。祈禱の最中、女性の死角に立っていたグループの一味がこっそりすり替えたのだ。
府警によると、同様の被害は大阪市内や東京都内でも発生。人通りの多い繁華街などで中国語で片っ端から声を掛け、言葉が通じる人を取り囲む。被害者との会話から貴金属の量を推測し、すり替える袋が同程度の重さになるよう、水と塩の量を調節していたケースもあったという。
同様の手口による事件は昨年10月以降、30件以上発生し、被害総額は1億2千万円を超える。全国で複数のグループが活動しているとみられ、捜査関係者は「被害申告がないケースも多々あるとみられ、実態はもっと大きな被害があるだろう」と推測している。
米国では「祝福詐欺」、手口は日本と酷似
街行く人に声を掛け、応じた中国語話者の善意につけこみ金品を盗む事件は、米国でも発生している。現地では「祝福詐欺」と呼ばれるが、被害者に「呪われている」と不安をあおるなど、手口が日本と酷似している。
今年3月、事件が起きたのは、米カリフォルニア州の都市・サンフランシスコ。地元メディアのサンフランシスコ・スタンダードによると、中国系移民の女性が中国語を話す女3人から、道端で次々に「家族全員が呪われている」「悪霊を浄化してやる」などと言い寄られた。さらに「祝福の儀式」を行うため、自宅から貴重品を持参するよう指示された。
女性は5万ドル相当の金塊などを持参して袋に入れたが、儀式の最中に別の袋とすり替えられた。こうした手口は儀式の内容から「祝福詐欺」と呼ばれ、新型コロナウイルス禍が落ち着いた以降から増加しているという。
同メディアは、こうしたグループはターゲットを探して米国内の中国人コミュニティーを巡回しているとも指摘。米ニューヨーク・タイムズ紙も2016年、ニューヨーク市ブルックリンで中国系移民が同様の被害にあったと報じている。
日本の警察関係者は「米国と日本のグループが同一かどうか分からないが、あまりにも手口が似ている。今後、外国の捜査機関と情報共有し、実態解明を進めていく」としている。(鈴木文也、藤木祥平)