あわせて読みたい
「”中国海軍は世界一”は真っ赤なウソ」台湾有事は原子力潜水艦3隻だけで解決できる
※本稿は、エドワード・ルトワック著、奥山真司訳『ラストエンペラー習近平』(文春新書)の一部を再編集したものです。
中国は本当に「世界一の海軍」を保有しているのか
2020年9月にアメリカ国防総省は「中国の軍事力についての年次報告書」を公開し、中国の海軍力はアメリカを凌駕(りょうが)し、「世界最大の海軍を保有している」と発表している。
またアメリカ海軍大学校やランド研究所などのシミュレーションでも、中国が台湾に侵攻した場合、中国海軍が勝つという結果が出たことが、ニュースとして報じられた。しかし、ここで考えなくてはならないのは、彼らがなぜこうした発表を行うのかということだ。
彼らがやっている戦力分析やシミュレーションの目的はただひとつ、連邦議会に対してもっと艦船を購入してくれるように説得することにあるのだ。台湾有事に備えて何をなすべきかは後で詳しく論じるが、ここではひとつだけ重要な事実を指摘したい。
国防総省のいう「世界一の海軍」とは艦船の数などを指しているが、アメリカの攻撃型原子力潜水艦がたった3隻あれば、台湾海峡のすべての中国艦船を撃沈できるということだ。
1982年のフォークランド紛争において、イギリスは1隻の原潜を南大西洋で潜航させていたが、このたった1隻によってアルゼンチン海軍は敗北した。原潜からの魚雷が、アルゼンチン海軍最大の軍艦「へネラル・ベルグラノ」を沈めたのだ。
ところが米海大などがシミュレーションを行うときは、原潜を考慮に入れることはない。これを入れてしまうと、ゲームそのものの目的を潰してしまうことになるからだ。原潜だけでなく、総合的な海軍力でいえば、アメリカが圧倒的であることは疑いがない。
中国海軍は敵の船を沈めたことがない
たとえば空母に関しては、今後30年、何も対策を打たなかったとしても、アメリカの優位は変わらないだろう。これは戦闘機同士の戦いでも同様だ。
中国もアメリカもそれはよく分かっている。だから軍事力による直接的な衝突の可能性は、現時点ではきわめて低い。したがって戦略分野での主戦場は、もっぱら前章で論じたような外交戦略の領域となっているのだ。
そして、その「同盟の戦略」の領域では、中国はさらに弱いのである。そもそも軍事力を比較する場合、兵器の総数などを比較するのはあまり意味がない。なぜなら、どんな軍の構成が有効かは「シナリオによる」としか言えないからだ。
どこでどのような紛争を行うかによって、有効な戦力は変わってくる。たとえばベトナムのジャングルやアフガニスタンの山地での戦いを思い出してみればいい。米軍がいかに圧倒的な兵力を有していても、その威力を十分に発揮させなければいいのだ。
もうひとつ、中国軍について指摘しなければならないのは、彼らがほとんど勝利したことのない軍隊であることだ。
たとえば中国海軍は敵の船を沈めたことがない。ベトナムの巨大な漁船を沈めたことがあるが、それは非武装の船だった。もちろん中国海軍は艦船の数を増やしているし、その性能も向上している。制度化された組織やピカピカの制服なども用意できている。
それでも彼らが他国の公式な海軍の船を沈没させたことはないという事実には変わりない。これまでの歴史、とくに近代の歴史において、他国の海軍の艦船を沈めたことのない海軍をもっている国が戦争に勝ったためしはない。
人民解放軍の陸軍の実力
海軍についてはそもそもまともな海戦を経験していないので、強いか弱いかは判断できない、というのであれば、陸軍の戦歴をみてみよう。たとえば日中戦争では、戦闘においては、ほとんど常に日本軍がわずかな兵力で中国側を圧倒していた。
朝鮮戦争の「長津湖(ちょうしんこ)の戦い」などでも、中国人民志願軍は激戦の末、国連軍となっていた米海兵隊を撤退させたが、数でまさっていた中国側が圧倒的な被害を出したことがわかっている。ベトナムに侵攻した時も負けている。