群馬県桐生市で生活保護制度の不適切な運用が次々に発覚した問題。「1日1000円に分割して満額を支給しない」「預かった他人の印鑑を書類へ無断押印」など、違法性を強く疑われる対応が明らかになった。ところが、生活保護受給者の権利を侵害するかのような対応は「桐生市に限った問題ではない」という声が東京新聞に寄せられた。関係者が明かした「水際作戦」の実態とは。(小松田健一)
◆申請希望者に同行した市役所で門前払いに
「何がなんでも申請をさせないという意思を感じました。窓口で生活保護の申請書を渡さないんです」
渋川市で社会福祉に関わる仕事に従事する大石雅美さん=仮名=は、かつて経験した、市側が申請を拒むいわゆる「水際作戦」の実態をこう語った。
小さなまちのため、「自分が話せば周囲に迷惑がかかるのではないか」と証言することにためらいもあったという。しかし、「桐生市だけの特異事例ではないことを知ってもらうことで改善につなげたい」と、年代・年齢と性別、具体的な職業や勤務先を記事化しない条件で取材に応じた。
大石さんは、体調不良などで生活に困窮した人の生活保護申請に同行することがある。「単独で申請しようとしても窓口で追い返されてしまうので、同行は必須です」と力を込める。
◆「却下されますよ」申請書を受け取るまでにも長時間
初めて水際作戦に直面したのは2016年秋だった。障害があって就労困難な50代男性の申請に同行した際で、「まずは生活を見直すように」と窓口で門前払いだった。数日後に再び窓口を訪れ、職員と押し問答になり、1時間半が経過したころようやく申請書を持ってきたという。
4年ほど前、病気入院中の別の男性の申請に同行した際は、入院前に親族と同居していたことを理由に申請を拒まれた。地域包括ケア課の職員が数人出てきて「申請しても却下されますよ」と告げられた。
大石さんは「申請をいったん受理した上で、正式に審査してほしい」と再三主張し、市が申請書を受け取るまで30分を要した。後日に保護決定は出たものの、窓口での対応を「非常に威圧的に感じた。口調は丁寧だが、拒否の一点張りだった」と振り返る。
「仕事をしていると受給できない」と、申請を拒まれたこともあった。実際は、就労中でも収入が国の定めた最低生活費を下回っていれば保護を受けられる。大石さんは「職員の恣意(しい)的な判断が横行しているように思います。利用希望者の多くは制度に関する知識が乏しいので、そこに付け込んでいる」と批判する。
◆渋川市役所は「申請権の侵害、確認できなかった」
本紙の取材に対し、渋川市地域包括ケア課は「保存年限内の18年度までの相談記録を確認し、前任職員への聞き取りをしたが、申請権の侵害、または侵害と疑わしいケースは確認できなかった。県による監査でも特に問題となるような指摘は受けていない。生活保護は憲法で保障された権利であり、今後も丁寧な説明に努めたい」と回答した。
大石さんへ市の見解を伝えると、首をかしげた。「私が経験したこととあまりに違いが大きい。水際作戦は現在も続いています」
◆新型コロナに物価高…生活保護世帯はこの10年で最多に
渋川市地域包括ケア課によると、23年度12月末時点で生活保護世帯は485世帯、利用者は537人。いずれもこの10年間で最も多く、コロナ禍や物価高、コロナの5類移行による国の支援策終了などで生活困窮者が増えているためとみられる。8割弱は高齢者単身世帯という。
人口に対する利用者数の割合を示す保護率は毎年度0.6~0.7%程度で推移している。2018年度末と23年度12月末時点の保護世帯、利用者の増加率を比較すると世帯が21.6%増、利用者は15.0%増で、いずれも県内12市で最も高い伸び率を示した。最も低かったのは桐生市で、それぞれ21.6%減、24.1%減だった。