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65歳以上が受け取る老齢厚生年金の女性の月額平均受給額は10万9000円で、男性のわずか3分の2だ。生活に困窮する1人暮らしの高齢女性は少なくない。結婚と同時に仕事を辞め、家事や育児に専念した人たちが、老後に厳しい現実を突き付けられている。(中村真暁)
「死にたい。生活はずっと苦しい」
千葉県の大規模団地で1人暮らしする女性(84)は投げやりにつぶやいた。年金は月7万5000円。ほかの収入は、近所への冷凍食品配達で月1万円があるだけだ。月約5万円の家賃に光熱水費、食費を払うとほぼ何も残らない。約30万円の貯蓄は「死んだときのために」と手は付けられない。服はもらい物。誘われても外出しない。
昔、10年ほど勤めていた東京・新宿の老舗店は29歳のころ、結婚を理由に辞めた。「結婚後も勤める女性はいなかった。当時は皆そうだったし、あの人(夫)に仕事を辞めてくれと言われ、面倒みなきゃと思った」
専業主婦となり2人の子を育て、病で倒れた夫を約20年、自宅で介護した。夫が10年前に亡くなると生活は苦しくなった。夫は自営業だった。厚生年金と違って遺族年金はなく、受け取れるのは自分の年金だけ。「道にお金が落ちてないかなって思いながら、いつも歩いてる。この先どうなるか不安」とため息をつく。
◆35年務めても「年金こんなに違う」
千葉県の別の単身女性(81)は35年間、工場や市場で働いた。月約10万円の厚生年金で暮らす。「給料やボーナスが違うと年金までこんなに変わる」。男女の年金格差に憤る。
職場で同僚男性から「残業したって、偉くなれないよ」と言われ、心にぐさっときたこともあった。働き続けたのは、夫の収入が十分でなかったことだけではない。何より横暴な態度に我慢がならず「自立したかった」。
子育てを終え、夫とは60歳で離婚した。社会保険料の負担が生じる「年収の壁」を気にせず働いたことがよかったと思っている。「年収の壁を気にしていたら年金も貯金も少なく、離婚もできたか分からない」
年収の壁が女性の働く意欲を下げ、受け取る年金額にも影響する。女性が家庭に縛られてきた背景の一つだと感じる。「女性が不利になっている仕組みを、もっと知ってほしい」
◆男女差最大の85歳以上で年54万円も
国の全国家計構造調査(2019年)を基にしたニッセイ基礎研究所の坊美生子准主任研究員の集計によれば、単身世帯で女性が年間に受け取る公的年金・恩給額はおしなべて男性より低い。差は最小の70〜74歳でも年16万円、最大の85歳以上では年54万円になる。
結婚後、男性が就労を続け、女性が家事育児を担う性別役割分業が背景とみられる。勤続年数が短い女性は厚生年金が男性に比べ少なく、夫の死後に受け取る遺族年金も夫の厚生年金より少ない。
坊さんは「年金政策は『世帯』が考え方の根本となってきたため、個人単位の経済基盤への目配りが遅れてきた」と指摘。女性の平均寿命は87歳で男性より6年ほど長く、核家族化や未婚率の上昇で、単身世帯はさらに増加が見込まれる。
困窮する高齢女性の増加が懸念される中、坊さんは中高年女性への再就職支援などの強化を国や企業に求める。「女性管理職の育成は若者に焦点が当たってきたが、中高年女性も除外せずにモチベーションを上げ、能力が発揮できるよう、リスキリング(学び直し)やキャリアアップの後押しをしてほしい」と話す。