渋谷駅前に広がるスクランブル交差点は、計10本の車線が交差し、5本の横断歩道が引かれている。最も長い歩道は約36メートル。1回の歩行青信号で1000人以上が行き交うため、「世界で最も混雑している交差点」とも言われる。
交差点がスクランブル化したのは1973年のこと。渋谷が若者の街としてにぎわいを見せ始めたのもこの頃からだが、渋谷を象徴する場所といえば、長らくファッションビルの「109」や「パルコ」といった商業施設のほか、若者が集まるセンター街だった。スクランブル交差点はあくまで「通過場所」であって、「目的地」とする人は多くなかったという。
国学院大の倉石忠彦名誉教授(民俗学)が2001~02年に実施したアンケートに、興味深い結果が残っている。日本各地の高校生・大学生751人を対象に「『渋谷』ですぐ思い浮かぶところを三つ書いて」と尋ねたところ、「109」(403人)と、「ハチ公」(316人)が上位に入った。一方、スクランブル交差点を指す「駅前交差点」と回答したのは58人しかいなかった。
「20年ぐらい前のスクランブル交差点はまだ、行きたいと思う特別な場所ではなかった」と話すのは、同大准教授で「渋谷学」を担当する手塚雄太さん(39)。手塚さんが注目するのは、02年に開催されたサッカーの日韓ワールドカップ(W杯)だ。日本代表の活躍に沸く若者が試合後に交差点に集まり、ハイタッチする姿がメディアで報道された。これを機に、W杯やハロウィーン、年越しカウントダウンといったタイミングの際、若者らが自然と交差点に集まる文化が徐々に定着していったという。
この頃から急速に進んだSNSの普及も大きな後押しになったようだ。若者らが集まる映像が世界中に拡散されることで、スクランブル交差点の知名度が飛躍的に高まっていったと考えられる。手塚さんは「スクランブル交差点は人々が『とりあえず行く場所』として認知されている」と解説する。