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※本稿は、藤山和久『建築家は住まいの何を設計しているのか』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■30代で建てた家に100歳まで住み続ける難しさ
日本人の平均寿命は戦後一貫して延び続けている。これを慶事と捉えている人は、私のまわりにほとんどいない。健康のこと、介護のこと、お金のこと……寿命が延びれば心配事も増えるからだ。」
住まいについても心配事は増える。寿命が延びれば延びるほど気になるのは、「自分は死ぬまで、どこでどのように暮らしていけばよいのだろうか」という場所の問題である。
かつてのように60歳で定年、孫と遊んだりしながら70代で他界という時代なら、どこでどのように暮らすかは考えなくてもよかった。サラリーマン時代の30代で建てた家に、70代までずっと住んでいればよかったのである。
ところが、人生100年時代が現実のものとなりつつあるいま、30代で建てた家に100歳まで住み続けたら、その家は築60~70年。ちょっとした古民家の域に入る。同じ家に住み続けるのは難しい。建物にガタがくるから、というよりも建物と身体のあいだに大きなズレが生じるからである。
たとえば、階段。若い頃はなんとも思わないが、歳とともにその昇り降りはつらくなる。
たとえば、庭。若い頃は庭いじりも楽しいものだが、歳をとると気力も体力も衰えてくる。
しだいに草むしりも億劫になり、自慢の庭はいつしか雑草が伸び放題の野っ原に変わる。
■「家を2つに分ける」という発想
在宅医療の問題もある。昭和の昔、まだ高齢者の人口が少なく国の財政に余裕があった時代は、体調を少し崩しただけでもすぐさま入院の許可がおりた。病院を家代わりに使えたのである。しかし、国をあげて医療費削減の方向に邁進している現在は、入院のハードルがとても高い。
これからの医療・介護は嫌でも自宅(あるいは施設)が舞台になるが、30代で建てた家にその任を負わせるのは少々つらい。元気な人向けに建てられた家と医療・介護が必要な人向けの家では最適な間取りも異なるからだ。
家族が介護するにせよ、外部からヘルパーを呼ぶにせよ、ベッドは絶対1階にあったほうがいい。ベッドから近い位置に水廻りがあると助かる。車椅子を常用するならそれ相応のスペースも必要になる。高齢者には高齢者が暮らしやすい住まいというものが確実に存在するのだ。
60~70年分の人生を1つの家で支え切れないとなると、「家を2つに分ける」という発想が生まれる。
30~60歳くらいまでの家と、60~90歳くらいまでの家。人生の残り3分の2以降を、2つの家で住み分けるという考え方だ。
では、60~90歳くらいまでの家はどうあるべきか。
真っ先に思いつくのは、それまで住んでいた自宅をリフォームする方法だ。大規模なリフォームによって高齢者仕様の家につくり変えれば、のちの何十年かを安心して暮らせる。
あるいは、60歳まで住んだ自宅を貸したり売ったりして、マンションに住み替えるという方法もある。階段もなく庭もないマンションの1室は高齢者の身体にとても優しい。私の知り合いにも、定年前後のタイミングでマンションに住み替えた夫婦がたくさんいる。
ただし、この方法が使えるのは戸建ての賃貸や売却が容易な地域に限られる。田舎のほうでは現実的な選択肢とはいえないかもしれない。
■リフォーム、住み替えに代わる第3の方法
ならば、こんな方法はどうだろう。
神奈川県小田原市在住の建築家・湯山重行さんは、リフォーム、住み替えに代わる、終の住処・第3の方法を提案している。2016年に出版された湯山さんの著書がそれだ。
『60歳で家を建てる』(毎日新聞出版)――高齢者に合わせた住まいを60歳というタイミングで建てたらどうか、と湯川さんは提案した。
既存の戸建てを取り壊して建て替えてもいいし、それまで暮らしていた場所とは別の場所に新たに建ててもいい。方法はいくつか考えられるが、いずれにしろ高齢者夫婦が暮らしやすい住まいとして、湯山さんは「小ぶりな平屋」を推奨している。
広さはマンションの1室と同じ程度、それに屋根とテラスと庭をくっつけた平屋である。
最近は建材費も人件費も上昇傾向にあるが、予算的には1000万円代後半で十分可能なプロジェクトだという(延床面積80平米程度)。
この提案は、すぐさま大きな反響を巻き起こした。同書の出版を記念して開かれた家づくりセミナーに、60歳前後の人々が大挙して押しかけたのである。
セミナーを企画したのは某全国紙が運営する住宅展示場。当初は1会場のみの予定だったが、受講者の予約を開始すると座席はすぐに埋まった。
気をよくして会場を増やすと、これまたすぐに満席に。「60歳で家を建てるセミナー」はあれよあれよという間に規模が広がり、湯山さんは系列の住宅展示場を北から南まで行脚することになった。
「東京の追加講演もすでにソールドアウトです」
電話の向こうで冗談めかして話す湯山さんは、じつにいきいきとしてうれしそうだった。
■ある独身女性の決断
湯山さんのセミナーに参加して、実家の2階建てを平屋に建て替えた人がいる。大手金融機関を退職後、関連会社で経理をしていた当時60代前半の女性である。
実家は東京の郊外、すでに築50年を迎えていた。長年両親が暮らしていたが、2人が他界したあとは、独身の彼女が戻ってひとり暮らしを続けていた。
この家をどうするべきか、彼女は何年も悩んでいたという。友人たちに相談すると、みな判で押したように同じことを言った。
「歳を取ったら便利な駅近のマンションに引っ越すのがいちばんよ。いま住んでいる家を土地ごと売れば、ひとり暮らし用のマンションくらいポンっと買えるでしょ?」
敷地は60坪あった。たしかに売れば相当な額になる。彼女はさっそく、近所に点在するマンションのモデルルームを見て回った。
目にとまったのはマンションの嫌なところばかりだった。どの部屋も南北に長い同じような間取り、風通しは悪そうで日当たりも限定的。お隣さんはどういう人になるのだろう、マンションとはいえ隣近所との関係も気になった。食指はさっぱり動かなかったという。
そんなある日、帰宅途中の住宅展示場に掲示されたポスター「60歳で家を建てるセミナー」に釘づけになった。「そうか、平屋に建て替えるという手もあるのか」。さっそくセミナーに参加すると、その足で湯山さんに実家の建て替えを依頼した。
60歳で建てる平屋に、湯山さんは「60(ロクマル)ハウス」という名のひな形を用意している。間取りは田の字形、屋根はシンプルな切妻屋根。
南面に設ける軒の深いテラスはアメリカの映画で目にする郊外の平屋のイメージだ。平屋ならではのかわいらしさと遊び心にあふれたコンパクトなひな形である。
■家を建て替えただけなのに街並みが垢抜ける
彼女の新居は、このフォーマットにおおよそ沿ったかたちで計画された。ひとり暮らしなので建物自体は小さめ。その分、60坪の敷地の南側に大きな庭を設けた。芝生を敷きつめた庭は、若々しい青が目にまぶしい。
昔からある住宅地なので、まわりは古い戸建てや賃貸アパートばかり。彼女の平屋だけが、きらきらとした華やぎに包まれることになった。
竣工(しゅんこう)からしばらく経ったある日のこと、ぴかぴかの平屋を訪ねた湯山さんは、彼女から次のような報告を受けることになる。
「この家が完成してすぐのことでした。久しぶりに町内会の集まりに顔を出したら、会長さんが私のところへ飛んできたんです。なにごとかと思ったら、『いやぁ、○○さんのおかげでこのあたりの街並みがすっかり垢抜けましたよ』って感謝されたんです。家を建て替えただけなのに街並みが垢抜けただなんて、ずいぶん大げさな言い方でしょう。
そしたら今度は、ふだんそんなにおつき合いのない奥さまたちが近づいてきて、『じつは私たちも、建て替えの最中から○○さんのお宅がとても気になっていたんです。よかったら、今度おじゃまさせていただけないでしょうか』ですって。
あ、そうそう、最近は庭の芝生に水をまいていたら、通りすがりの人から声をかけられることが増えました。『ここは何かのお店なんですか?』って。あちらからもこちらからも声をかけられて、まさかこんなことになろうとは夢にも思いませんでしたよ」
彼女ははずむような声で話してくれたという。リフォームでも住み替えでも起こり得ない、新築の平屋ならではの反応がそこには凝縮されていた。
■60歳からの家を両親に建てさせておく
60歳からの平屋にはもう1つ、興味深い事例がある。
こちらは40代の女性、都内の戸建てにご主人と息子さんの3人で暮らす奥さまである。
彼女のお父さんは80代、数年前から認知症を患っている。お母さんは70代、リウマチを発症していて何年も前から足が悪い。そんな両親が住む築40年の2階建てを、介護サービスを受け入れやすい平屋に建て替えてもらえないだろうか。それが彼女から湯山さんへの依頼だった。
これだけ聞くと、親思いの娘による心温まる建て替えエピソードのようである。だが湯山さんは、この建て替えの裏にあったもう1つの計画を知らされたとき、彼女の用意周到な人生設計に心底感心したという。
彼女のもう1つの計画とは、両親が住む予定の平屋に、ゆくゆくは自分たち夫婦も移り住もうというものだった。
いま住んでいる都内の戸建ては息子に譲り、自分たち夫婦は空いた平屋で老後を迎える。しかも平屋への建て替え費用は、建て替えを依頼した彼女ではなく、両親の財布から全額出すことがすでに決まっていた。
『60歳で家を建てる』ではなく、「60歳からの家を両親に建てさせておく」。彼女はそうやって終の住処を確保していた。
30歳までは「実家&ひとり暮らし」、60歳までは「夫婦で建てた戸建てで主に子育て」、60歳以降は「両親が建て替えた平屋で長い老後を楽しむ」。人生100年時代を見据えた、じつにシンプルで明解なライフプランといえる。
■家は人生をもっと楽しむために建てるもの
家を建てるという行為は、「一生に一度の大きな買い物」といわれる。だから工務店もハウスメーカーも、「良い材料を使って長持ちする良い家を建てましょう」と施主を力強く後押しする。住宅の質的向上と販売価格の向上をともに目指すのである。
しかしこれからの時代は、60歳前後で再び大きな決断を迫られる。リフォームをするのか、マンションに住み替えるのか、まるごと建て替えるのか――いずれにしろ、「大きな買い物」という意味では一生に一度が二度になる。寿命が延びれば延びるほど、買い物の回数も増えるものだ。
このとき、考えられるシナリオは2つある。
1つは、30代あたりで建てる家の耐久性と可変性を高め、死ぬまでその家で暮らせる用意をしておくことだ。良い材料を使って良い家を建てるという従来の方針をさらに強化するかたちである。住宅会社のほぼすべてがこの方向で動いていて、人生100年時代のマーケティングはすでに相当の熱を帯びている。
もう1つはこの反対、最初から住宅にお金をかけすぎないという選択だ。30代あたりで建てる家をできるだけ安くつくれば、経済的な余力が残る。
リフォーム、住み替え、建て替え。どれを選ぶにせよ、経済的な余裕があれば60歳前後の段階で最適な判断を下せる可能性も高まるだろう。
■人生を楽しむために、住宅をローコストで
経済的余力の残し方については、奇遇にも湯山さんがその方法を指南している。『60歳で家を建てる』の4年前、2012年に出版された湯山さんの著書は『500万円で家を建てる!』(飛鳥新社)。当時40代半ばの湯山さんが、2軒目の自宅を破格のローコストで建てた体験記だ。
湯山さんは、住宅をローコストで建てる意義を「人生を楽しむため」と説明している。住居費の負担が少しでも軽くなれば、浮いたお金でできることの選択肢が増える。毎年海外旅行に行ってもいいし、クルマを買い替えてもいい。
子供の教育に投資してもいいし、自分が勉強してもいい。逆にいえば、住宅にお金をかけすぎて人生を楽しめていない人がたくさんいるんじゃないの? 湯山さんはそう問いかけている。
『500万円で家を建てる!』が出版されて1年くらい経ったある日のこと、私は湯山さんの事務所でこんなことをたずねた。
「この本を読んで家づくりの相談に来る人って、どういう人ですか?」
本音をいえば、常識外れな人が次々とやってきて事務所が大混乱に陥った、みたいなギャグマンガ風のエピソードを期待していた。だが、案に相違して湯山さんの答えはとても示唆に富むものだった。
「当初は500万円という金額に反応して、バーゲンセールに殺到するおばちゃんみたいな人たちが押し寄せてくるかと思っていたんです。でも、いざふたを開けてみると、いらっしゃるのはみな凜とした雰囲気の聡明(そうめい)な方ばかりでした。
とくに女性が多かったですね。高齢のお母さんと娘さんが、2人で暮らすための新居を建てたいと相談に来られたりして。どうしてこの本に興味を持たれたのですかとうかがうと、みなさん似たようなことをおっしゃいました。
『これからの長い人生を考えると、住宅にお金をかけすぎると経済的なバランスが崩れると思ったんです。本当に500万円くらいで家が建つのなら人生設計の幅も広がるだろうし、歳を取ってからやりたいことが出来ても、新しいことに躊躇なく踏み出せる余裕もあるだろうと考えまして……』。
経済的に困窮しているので安い家を建てたいという人は、1人もいらっしゃらないのが意外でした」
『500万円で家を建てる!』も、『60歳で家を建てる』も、共通するのは「もっと人生を楽しもう」という湯山さんの人生観だ。
30~60歳くらいまでは、経済的な余力を残しながらやりたいことに積極的にチャレンジして人生を楽しむ、60~90歳くらいまでは、住まいを最適なフォーメーションに組み直してもう一花咲かせる。
それが住まいと上手につき合いながら長い人生を楽しみ切る秘訣(ひけつ)である――「500万円」と「60歳」はそういう意味なのだと私なりに解釈している。
■住宅にお金をかけすぎないで軽やかに生きる
住宅はそのコントロールを誤ると、本来豊かなはずの人生の足かせともなる。60歳で家を建てるの是非はともかく、60歳の時点で身動きがとれなくなっている状態だけはなんとしても避けたい。
そのためには住宅にお金をかけすぎないで軽やかに生きる、というのも老後を楽しく送るためのアイデアの1つといえる。
私の知り合いには、家を建てない建築家が多い。本書に登場する建築家も3分の1はずっと借家暮らしだ。住宅に人生をしばられたくないという思いがそうさせているのかもしれない。
住宅にお金をかけすぎている施主とたくさん接してきた経験から、彼らの生き方を反面教師にしているのかもしれない。
これからの住まいは、良い材料を使って良い家を建てるだけが正解ではない。住宅会社は言わないだろうから、代わりに私が言っておく次第だ。
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編集者
建築専門誌『建築知識』元編集長。建築分野の編集者として建築・インテリア・家づくり関連の書籍、ムックを数多く手がける。主な担当書籍に『住まいの解剖図鑑』(増田奏)、『片づけの解剖図鑑』(鈴木信弘)、『間取りの方程式』(飯塚豊)、『建物できるまで図鑑』(大野隆司・瀬川康秀)、『非常識な建築業界』(森山高至)など。著書に『建設業者』がある。
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