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■「スターリン超え」の30年支配が実現するが…
ロシア軍のウクライナ侵攻を指揮するプーチン大統領は3月17日投開票の大統領選に出馬し、大量得票で5選を果たす構えだ。当選すれば、2030年まで30年の長期支配が可能になり、スターリンを抜いて20世紀以降最長在任の指導者となる。
一方で、5期目の統治は困難や不透明性が増すことが予想される。ウクライナ侵攻を継続、または停戦するにせよ、戦況や戦後処理は混乱する。プーチン氏も71歳で、寿命の短いロシア人男性としては「後期高齢者」だ。
エリート層の間では、大統領選より利権に直結する内閣改造への関心が高く、選挙を機に、権力構造に変化が起きかねない。ロシアの新興メディアやSNSでは、後継者問題も取りざたされており、大統領選を経てロシアは「プーチン後」へ動くかもしれない。
■大統領からの信頼が厚い「10人」の名前
ロシアのSNS「テレグラム」に「後継者(プリエムニク)」と題したサイトがあり、クレムリン要人の動向や後継問題を連日投稿している。2017年に開設され、誰が運営しているかは不明だが、クレムリンの内部事情にも精通し、政権の一部が関与している可能性がある。
毎月、「プーチンの後継者候補」30人のランキングを発表しており、12月5日の投稿ではベスト10は以下の通りだ。
①メドベージェフ安保会議副議長
②ミシュスティン首相
③キリエンコ大統領府第一副長官
④パトルシェフ農相
⑤トゥルチャク統一ロシア書記長
⑥デューミン・トゥーラ州知事
⑦ソビャーニン・モスクワ市長
⑧ワイノ大統領府長官
⑨ナルイシキン対外情報庁(SVR)長官
⑩クラスノフ検事総長
このリストは、大統領の信頼や親密さ、将来性、エリート層の支持、知識と能力などを基に選定したとしている。後継者は政権内部から選ばれるとの見立てだ。
■ナンバー2である首相はサプライズ人事になる?
政権内リベラル派から極右に転向したメドベージェフ前大統領は、「大統領の信頼が厚く、一度大統領を務め、現実的な候補」としている。ミシュスティン首相は西側の経済制裁の中、テクノクラート(技術官僚)を束ねて経済を安定させた。クレムリンの政治戦略を担当するキリエンコ氏はかつてリベラル派だったことや、ウクライナ風の名前がマイナス材料となる。
「後継者」は11月30日、大統領選後にミシュスティン首相が別のポストに異動する可能性が政権内で議論されているとし、首相の後任候補として、①フスヌリン副首相②ソビャーニン市長③マントゥロフ副首相兼産業貿易相――ら9人のリストを公表した。
フスヌリン副首相は建設業界のドンとされ、インフラ建設で実績を挙げた。地味ながら、プーチン氏はこれまでも、フラトコフ、ズブコフ、ミシュスティン各氏ら、無名の人物を首相に抜擢し、周囲を驚かせてきた。
首相は大統領が職務執行不能に陥った時、大統領代行に就任し、3カ月後の大統領選を統括する憲政上のナンバー2だ。高齢のプーチン氏に不測の事態が起きる可能性もあり、首相ポストの行方は後継問題で重要な意味を持つ。
■ロシア社会が「プーチン後」に注目している
「ADI19」という新興ネットメディアは10月末、政治アナリストの話として、大統領後継はデューミン知事とパトルシェフ農相の2人がフロントランナーだと伝えた。
ボディーガード出身のデューミン知事(51)は国防次官などを歴任。忠誠心が強く、大統領の懐刀とされる。「プーチンが自らの路線を継がせるため、権力の座を譲るのは容易だ」という。
政権ナンバー2、パトルシェフ安保会議書記の長男、パトルシェフ農相(46)は、経済博士号を持つ銀行家で、連邦保安庁(FSB)にも籍を置くサラブレッド。「最側近の長男には、安心して権限を委譲できる」としている。
ただし、プーチン氏は健康が許す限り権力を維持する構えで、2人はピンチヒッター要員だろう。とはいえ、こうした後継論議がロシアのメディアで報じられること自体、社会がプーチン後を意識していることを示す。
■政権が崩壊する火ダネは「タカ派vs.テクノクラート」
プーチン政権はサンクトペテルブルク出身者や旧ソ連国家保安委員会(KGB)などのシロビキ(武闘派)が中枢を固めてきたが、近年、ミシュスティン首相、キリエンコ第一副長官、ソビャーニン市長、フスヌリン副首相、ワイノ長官ら、非サンクト派のシビリアンが台頭してきた。
独立系メディア、「メドゥーザ」のアンドレイ・ペルツェフ記者は、「サンクト派を政権の守護者とすれば、非サンクト派は政権の建設者だ。プーチンは自身のレガシー(遺産)を意識するようになり、専門知識やプロジェクト推進能力を持つ人脈を登用した」と分析する。
政権延命を優先するサンクト派に代わって、能力と実績重視の新テクノクラートが台頭するとの見立てだ。その場合、両者の間で利権闘争や軋轢(あつれき)が深まる可能性がある。
この点では、大統領のスピーチライターから反体制派に転向したアッバス・ガリャモフ氏も、「クレムリンは過激な手法をとるタカ派と、穏健な妥協を求めるテクノクラートに分かれている。タカ派は数が少ないものの、緊密に連携し、支配的立場にある。多数派のテクノクラートはこれに不満を抱いており、対立が拡大するだろう」とし、「政権を崩壊させる火ダネはエリート内部の対立だ」と指摘した。
■「高齢者は去り、若手に道を譲るべきだ」
プーチン氏は12月14日の4時間にわたった国民対話・記者会見で、ウクライナの戦況が優位に展開し、23年の経済成長率も3.5%の見込み、給与増、失業率低下で安定していると強調した。
しかし、会場のスクリーンには、「2030年の選挙にも出馬するのか」「高齢者は去り、若手に道を譲るべきだ」「国営テレビが伝える豊かなロシアには、どうすれば行けるのか」など、国民から寄せられた不満の声も映し出された。
政権は5期目を前に、中絶の規制、LGBTQ運動の弾圧、愛国主義教育、反体制派の一掃など、保守的な政策を一段と強化している。ウクライナ侵攻の長期化に伴う閉塞感もあり、国民の不満が鬱積(うっせき)していく可能性がある。
■「プーチン後」のロシアは中国の属国か、解体か?
専門家の間でも、プーチン後をにらんだ議論が出始めた。スウェーデンの政治学者、アンドレアス・ウムランド氏は「プーチンと側近による長期的な高齢者支配で、政治、経済、外交、社会に巨大な不確定要素が積み重なってきた。権力移譲のシステムがないことで、ロシアは新たな苦悩の時代に入るだろう」と予測した。
米国のロシア専門家、マーク・カッツ米ジョージ・メイソン大学教授は、ポスト・プーチンのロシアがどんな道を歩むかについて、①信頼できる後継者によるプーチンなきプーチン路線②民衆の決起によるカラー革命を経た民主化③穏健な権威主義④中国の属国化⑤民族共和国の独立によるロシア連邦の解体――の5つのシナリオを挙げた。
プーチン時代がいつまで続くかは不明だが、プーチン後のロシアも不安と不透明感にあふれている。
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拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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