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「薬を出すと医者が儲かるから」ではない…医師・和田秀樹「日本人が薬漬けで寝たきりになる本当の理由」
※本稿は、和田秀樹『病気の壁』(興陽館)の一部を再編集したものです。
■医者が金儲けのために薬を出すというのは誤解
日本人が薬漬けになっているのは今に始まったことではありませんが、多くの人は医者が薬を出すと儲かるからだと認識しているのではないかと思います。
だから医者は収入が多いのだと。でもこれは誤解です。
かつて日本では老人医療費が無料になった時代がありました。
そのころはどこの病院も高齢者であふれかえり、待合室は高齢者のサロンと化していたと批判されました。
病院の待合室で旅行の計画を相談する高齢者のグループがいるとか、いつも来ている人が姿を見せないと「今日は具合でも悪くなったのかな?」と心配する声がある、などといった皮肉な話をよく耳にしました。
親が死んだあと、部屋の整理をしていたら、押し入れから大量の薬が出てきて驚いたといった話もあり、要するに医者が病気でもない高齢者を集めて、金儲けをしていると揶揄されていたわけです。
現実的に考えれば、高齢者は高血圧や骨粗しょう症など慢性的な病を抱えて医者に来ることが多く、風邪をひいたといった急性の病気で来ることは珍しいといえるでしょう。
そう考えれば待合室で旅行の計画を立てるグループがいても不思議ではないのです。
前述のように待合室の患者さんが元気だということは、その医者が名医である可能性が高いのです。
ところがマスコミは、日本の医者は病気でもない高齢者を集めて薬を出して金儲けをしていると考え、厚生省(現・厚生労働省)も医療費を減らしたいという思惑で、無知なマスコミを上手にあおって、90年代後半から医薬分業を押し進めました。
つまり薬の処方は医師、調剤は薬剤師と専門家がそれぞれに分担するシステムに変えていった。薬を出せば出すほど儲かるのは院外薬局の経営者と製薬会社です。
ところが医者に入るのは処方箋料のみとなったにもかかわらず処方の数は減りませんでした。このことは医者が金儲けのために薬を出していたのではないことを意味します。
■日本人が薬漬けになる本当の理由
ではなぜ日本人は相変わらず「薬漬け」なのかといえば、医者の教育が悪いからです。
多くの医者が自分の専門以外の症状を訴える患者さんに対しては、標準治療の記された医者向けのマニュアル本を参考にして薬を処方していると思います。
マニュアル本では、各々の病気にこんな薬を出せばいいと3種類くらいの薬をすすめます。これでは5つくらいの検査の異常値がある人は15種類の薬を出されることになります。
さらにつけ加えると、日本でいちばん売れているマニュアル本の『今日の治療指針』という本の編集代表は製薬会社ととても仲がよく、かつて血圧の薬の効果にまつわる大規模調査で改ざんをおこなったと認定されている東大教授です。
また、欧米ではあまり見られない日本の医療界の悪しき習慣として、薬の予防投与があります。
たとえばけがをした際に、まだ感染症が起こっていないのに抗生物質が出されます。
なるかならないかわからない症状に対して、飲まないほうがいいにこしたことはない薬をすすめるなんてめちゃくちゃな話だと思いませんか?
健康診断に関する標準値は厚労省の要請で学会幹部の医者が決めています。
ですから学会の研修会に参加している医者(この人たちは専門医とか認定医の資格をもらっています)は「標準値から外れた患者さんには薬を投与する」という洗脳を受けにいっているようなものです。
わたしも内科学会の認定医で、研修にいかないと資格をとりあげられてしまうというシステム上、参加しますが、いつも「メタボは恐ろしい。太っている人は危険です」といった話を滔々と聞かされ、しかも質問コーナーがないので「だったらどうして太っていても長生きできる人がいるのか?」と疑問を呈したくてもきくチャンスがありません。
■誠実な医者ほど大学病院で出世できない理由
そもそも頭のかたい医者に限って、大学病院が教えることに疑いをもたない傾向にあって、患者さんの症状によってフレキシブルな対応をするということができないのです。
これこそが大学病院が医療を支配する時代の悪しき名残りだといえるかもしれません。
そもそも治療とは誰のためのものか? 当然のことながら、患者さんがよりよく生きるためのものです。
ところが大学病院の多くの医師にとっての最大の関心事は、臓器機能を示す数値。患者さんの暮らしぶりや、人生哲学などには興味がなく、ひたすら数値にこだわり続けます。
数値を下げるためにどういう治療が効果的なのか、一つでも多くのデータが欲しい、一つでも多くの成功例が欲しい。
大学病院の偉い先生は大学での実績を上げることで大学病院に貢献し、ひいては自分の評価を高めたい。
大学の偉い先生の下で働く医者は、手柄を立てて大学内部での肩書を引きあげてもらいたい。
もちろんそうでない真摯(しんし)な医者もいますが、そういう誠実な人はなかなか出世できません。
山崎豊子さんの『白い巨塔』という作品をご存知のかたなら、ご理解いただけるのではないでしょうか。
この当時は、腕のいい医者が教授でしたが、今は動物実験ばかりやってきた人が教授になるのでさらに性質が悪いといえます。
■異常値には薬を使えという信仰
とにかく、大学病院では人の人生という唯一無二の大切なものをないがしろにしたまま、自分が専門としている臓器を正常値に戻すことだけを目指すという本末転倒な治療がまかり通っている。残念ながらこのことは否めないのです。
大学病院は最先端の研究などを踏まえた高度医療の提供に努めています。
いっぽうで、研究業績を残さないと出世できないのですが、その研究の費用を提供しているのが、製薬会社です。
医局は製薬会社の意向に沿って薬を増やしたり、売れる薬の研究(といっても開発ではなく、患者さんに効くかどうかを試すだけですが)をしている。大学病院と製薬会社は密接な関係にあるのです。
よって大学病院ではたくさん薬を使うことはしても、薬を減らすための研究はしていません。
アメリカでは医療費を払う保険会社が薬を減らす研究の資金を出しているのですが、日本ではそういう資金を出すところがないからです。
しかも厚労省は大学病院と製薬会社の味方です。大学病院の幹部が決めた標準値を目安に、標準値を超えた人に対してバンバン薬を投与する図式は、こういうメカニズムでつくられているのでしょう。
検査の数値を標準値にもっていかないといけないというイデオロギーに染まっている医者がいる限り、そして治療を受ける側の人々が考えもなく医者に依存している限り、異常値には薬を使えという信仰が蔓延し続け、結果、薬漬け人間が増え続けることになるのです。
■薬のとりすぎが寝たきり老人をつくる
薬については本当に深く考えなければ、この国が寝たきり大国から脱することはできないでしょう。
薬の量を減らしたことで、寝たきりだったお年寄りが歩行することができるようになったという医療現場からの報告もあります。
1990年代に、「老人病院」といわれる長期入院型病院(現在では療養型病床といわれますが、原則廃止の方向になっています)では、どれほど入院患者に投薬したとしても、病院には一定額しか支払われないという入院治療代の定額制が導入されました。
これまでは出来高払いといって薬や点滴をするほど病院の収入が増えたのですが、それ以降は、老人病院側としては、できるだけ薬や点滴を減らしたほうが利益が上がるシステムになったので多くの病院で、大幅に薬が減らされました。
その結果、薬の使用料を3分の1まで減らした有名な老人病院の院長は、講演会で「寝たきりだったお年寄りが歩行するまで回復したという例が少なからずあった」と語っています。
薬のとりすぎがどれほどまでに高齢者の身体を蝕んでいたか、という証言だったわけですが、それではなぜ通常量とされる薬の投与が高齢者にとって大きなダメージになってしまうのかといえば、老化にともない、臓器の働きが衰えているからです。
■高齢者が若い人ではベストな薬の量が違う
薬を口から飲んだ場合、胃腸で吸収されてから少し遅れたころに血中濃度がピークに達します。
その後、肝臓で分解され、腎臓で排出されるのを経て、少しずつ血中濃度が下がっていくのですが、濃度が半分くらいまで下がったところで次の薬を飲むという繰り返しで、血中の濃度がほぼ一定に保たれるというのが原則です。
薬によって飲みかたに違いがあるのは、血中の濃度が半減する時間が薬によって異なるからです。
8時間かかる薬なら1日に3回の服用、12時間であれば1日に2回の服用となります。
ここで問題なのは腎臓や肝臓の働きが衰えている高齢者の場合には、薬を肝臓で分解するにしても、腎臓で排出するにしても、若い人より時間がかかるという点です。
高齢者が若い人と同じ量の薬を飲めば負担がかかるのはあたりまえなのに、現状では子どもと大人によって薬の量を変えても、大人と高齢者という区わけはありません。
本来なら体型や体力、症状などを見合わせて薬を減らし、その人にとってのベストな薬の使いかたをすべきなのです。
■なぜ男性の平均寿命は女性の平均寿命より短いのか?
どうすればわたしたちは無駄な薬を飲まないようにできるのか? と問われたら、わたしはひとりひとりが薬の弊害について熟考し、自分なりの考えをもって、薬を使いたがる医療体制と対峙(たいじ)していくしかないでしょうと答えます。
もっと具体的にいえば、こういう現象はなぜ起こるのだろうか? と考えてみることです。
たとえば、なぜ男性の平均寿命は女性の平均寿命より短いのかと思いをめぐらせてみる。すると薬の問題が潜んでいることがわかります。
この国では、男性は社会のなかで仕事をして、女性は家を守るという専業主婦が主流の時代が続きました。
現在、80代になる人たちのなかで健康診断を毎年受けていたのは主に男性。専業主婦やパート従業員が主だった女性は会社の定期検診を受けていないのです。
本来なら身体の異常にいち早く気づき、数値を正常値に戻してきた男性のほうが健康管理がなされており、長生きをしてしかるべきなのにそうなっていません。
日本人の平均寿命が50歳を超えた当時、男女の平均寿命は3〜4歳しか差がありませんでした。
現在では、6歳の差があります。健康診断が寿命をのばすならむしろ逆転してしかるべきなのに、差が広がっているのです。
■医療の常識を疑う必要性
会社の健康診断を受けず、つまり健康数値とは無縁に暮らしていた多くの女性は、痛いとか痒いとか熱があるとかいった身体の異変を自覚しないと医者にいきませんでした。
対して多くの男性は自覚症状がないのに検診に引っかかって、自覚的な不具合もないのに薬を飲み始め、飲み続けた。
女性は医者から数値を下げるための薬をすすめられる機会がなかったからこそ長生きなのではないかとさえ考えることができるのです。
わたしは数値を薬で正常値に戻すことが、本当に「元気で長生き」につながるのかと、立ち止まって一考する必要があると思います。
つまり医療の常識を疑う必要があるということです。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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