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「それ、なんの意味があるんですか?」…職場に増殖する「ゆとりモンスター」に共通する恐ろしいフレーズ
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大賀演じる“ゆとりモンスター”山岸ひろむが主人公 ドラマ「山岸ですがなにか」PR映像 – YouTube
(出典 Youtube) |
※本稿は、河合薫『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか 中年以降のキャリア論』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。
■40代上司を追い詰めた“ゆとりモンスター”の言動
「お恥ずかしながら、私、うつで休職してました」
バツが悪そうにこう切り出すのはササキさん(仮名)、44歳。大手メーカー勤務の係長さんです。現場のメンバーをまとめる役割を担う彼を追い詰めたのは、長時間労働でも、上司のプレッシャーでもありません。“ゆとりモンスター”です。
【証言 大手メーカー勤務のササキさん(仮名)44歳】
「海外展開の部署に異動になって出張も多かったですし、月100時間くらいは残業してましたから、かなり疲弊していたことはたしかです。でも、部下のことが一番しんどかった。
お客さんにシワシワの資料を平気で出す、注意すると幽体離脱したみたいに無表情になって聞こえないふりをする、周りが残業していても見向きもしないでとっとと帰る。自分がやりたくないことは絶対にやらない、地味な仕事は『それ、なんの意味があるんですか?』とやたらと聞いてくる。そのくせけっこうナイーブで、すぐに自信喪失する。そのたびに周りが慰め、褒めなきゃならない。放っておくと貝になり、誰かに優しく声を掛けてもらえるまで、すね続けるんですよ。
一つひとつは些細なことだし、余裕があれば笑って終わりにできることばかりです。でもね、毎日毎日顔を合わせるわけでしょ。その度に何かしら起こる。大きな声でも出そうもんならパワハラになってしまうから、ひたすら耐えるしかない。すると、どうなると思います? 次第に自分を責めるようになるんです。自分にはリーダーとしての能力がないんじゃないかって。もう出口がない感じでした。」
■うつ診断で「これであいつらから逃れられる」
「家でもストレスを引きずっていたみたいで、妻から病院に行ったほうがいいって言われました。それで医者に『すぐに会社を休まないと、取り返しのつかないことになる』って診断されたんです。そのときですか? いや、ショックはないです。むしろ『これであいつらから逃れられる』と清々しました。
でも、心身が回復していくのと並行して、部下がいるってことが怖くなってしまった。初めて部下を持った時はうれしかったし、やっとこれで楽になれると信じていたんですけどね。今は部下は二度と持ちたくないという気持ちと、そんな自分の弱さをなんとかしなきゃって気持ちを、行ったり来たりしてる感じです」
ササキさんにインタビューしたのは、今から4年前。当時はどこに行っても円周率を3と教えられた「ゆとり世代」の問題を相談されました(ゆとり世代=一般的に1987年4月2日~2004年4月1日に生まれた世代)。“ゆとりモンスター”と揶揄する声も多く聞かれました。
■体育会系の上司とゆとり世代の部下の隔たり
最近は若い社員の代名詞に「ゆとり世代」が使われるのは激減しましたし、“モンスター”などというレッテル貼りへの批判もあります。それでもやはり「上司から見た若い社員」はモンスターでした。なにせ、やっと本当にやっと「奴隷」から解放されたのに、入ってきたのは体育会系と一線を画す若者たち。彼らの言動は理解不能なものばかりです。
しかも、予期せぬ事態に手を貸してくれる「平民=同僚」もいなけりゃ、気遣ってくれる「先輩=貴族」もゼロ。ただただ「ひとつよろしく!」とすべてを押し付けられ、ストレスは溜まる一方です。
いつの時代も「最近の若者は~」という言葉が口を衝いて出るのは年をとった証拠ですが、愚痴るだけではおさまらないのが、自信ありげなのに案外ナイーブなゆとりモンスターの言動です。
■「叱って育てる」から「褒めて育てる」へ
体育会系世代が“モンスター”と感じる若者が増えた背景には、ゆとり教育と共に到来した「称賛を賞賛する」社会の影響が多分にあります。
「子どもの個性を伸ばせ!」「個性を潰すな!」という掛け声のもとスタートしたゆとり教育の右にならえとばかりに、家庭で会社で、親子関係で、上司部下関係で、めったやたらに褒めることが推奨されました。
それまでの日本社会は「叱って育てる」が基本でしたから、褒めて育てる論はいわば「体育会系社会からの脱出」であり、終焉を告げる動きでもありました。
誰だって叱られるより褒められたいし、褒められたほうがやる気も出る。「しごかれるより、やりたいことをやらせて欲しい!」という願いに光を当てたのが「個性」という2文字です。当時は、脳科学というはやりの学問も加勢し、「褒めて育てる!」社会ができあがりました。
しかしながら、「豚もおだてりゃ木に登る」とばかりにあっちでもこっちでも「称賛を賞賛する」社会は諸刃の剣です。
■「自己肯定感を高める方法」を巡る誤解
例えば自己肯定感。最近は自己肯定感という言葉が頻繁に使われ、「子どもの自己肯定感を高めるには褒めて育てよ!」といった言説や情報があふれていますが、褒めるだけでは自己肯定感は高まりません。自己肯定感は、「どうやって叱るか?」が重要で、その際、信頼と共感を示すことが必要です。
具体的には、成績が悪かった子どもを頭ごなしに叱ったり、やたらに励ましたりするのではなく、「あなたは頑張ったのにうまくいかなかったね」などと、頑張りを評価(=共感)した上で、本人にうまくいかなかった原因を考えるように仕向ける(=相手への信頼)。
そうやって自分と向き合い、自分で決める経験を積み重ねさせることで「私と共存する心」が育まれます。自己肯定感は「いいところも悪いところも含め自分を好きになる感覚」です。人は自分自身を受け入れてこそ、自分を信じ、前向きに生きていけるのです。
■「自尊心」と「自己評価」は違う
また、自尊心(自尊感情と呼ぶ場合もあり)という言葉も一般的に広く使われていますが、心理学ではM・ローゼンバーグが定義した「自分自身に対する態度・評価・信念」と理解されています。
自尊心の形成には他者からの関わり方が強く影響し、とりわけ幼少期の親の関わり方が重要です。かつては「無視するより殴るほうがまし」といった過激な意見が研究者から出るほど「関わること」が重視されました。
ここでの「関わる」は「褒める」ではありません。「いいことはいい」と認め「悪いことは悪い」とたしなめる経験が、自尊心を育みます。
自尊心は「自分と自分の対話」で成立するもので、それは「自分を尊重する心」であり、「自己への確信」です。自分との対話がないままに、他者からひたすら褒められると、自己評価だけが拡大し「自己過信」する子どもになる可能性を高めます。
■上司は上司らしく振る舞えばいい
つまり、上司が部下と関わる際に、なんでもかんでも褒めたり、要求をいちいち受け入れていると、彼らの「生きる力」「ストレスに対処する力」が衰えてしまうのです。
大切なのは、相手=部下の意見をきちんと聞き、自分=上司の意見もきちんと伝えること。上司は上司らしく振る舞えばいいのです。伝えるには、教える、指導するも当然含まれますが、「自分の心にしたがった意見」を伝えてください。まちがっても「神様の内面化=悪の陳腐化」にならないようにお気をつけて。
そして、部下があなたの意見を受けとめ、「そっか! こうすればいいんだ!」と小躍りした場面になったら200%褒めてください。これこそが「共感」(前述)です。
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健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。著書に『残念な職場』(PHP新書)、『他人の足を引っぱる男たち』『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)などがある。
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