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なぜ「ラノベ市場」が半減してしまったのか?続々と浮上する“真相”
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何年待っても続きが出ないライトノベル5選 #shorts #ラノベ #ライトノベル – YouTube
(出典 Youtube) |
少子化でもなく、作品の質の低下でもない……かつて出版業界の成長産業として、大きく期待されていた「ラノベ」はなぜ読まれなくなったのか?
ライターの飯田一史氏の新刊『「若者の読書離れ」というウソ:中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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書籍不読率減少と平均読書冊数増加の恩恵を受け、児童書市場は少子化にもかかわらず堅調に推移し、子どもひとりあたりの書籍代も増加傾向にある。
1998年には児童書販売額700億円、14歳以下人口は1937万人、児童書の14歳以下人口ひとりあたり販売額(年間)が3614円だったのが、2021年には児童書販売額967億円、14歳以下人口は1493万人、ひとりあたり販売額が6477円(図10参照。児童書販売額は出版科学研究所『出版指標年報2022年版』、14歳以下人口は総務省統計局人口推計を元にした)
対照的なのが文庫のライトノベル(ラノベ)市場だ。ライトノベルとは何かの定義はさまざまだが、簡単に言えばKADOKAWAの電撃文庫や角川スニーカー文庫といった特定のレーベルから刊行されるエンターテインメント小説だ。カバーや口絵、挿絵にキャラクターのイラストを用いており、マンガやアニメ、ゲームと近い感覚で読める、サブカルチャーとしての文芸である。
中学生の読書量は微増、高校生はほぼ横ばいであるにもかかわらず、文庫ラノベ市場は2012年の284億円をピークに、2021年には123億円と半減以下になった(出版科学研究所調べ)。2000年代には産業として注目され、2012年までは市場が伸び基調にあったが、それは過去のものになった。「ターゲット層の読者が少子化しているのだから仕方ない」と思うかもしれないが、さすがに子どもの数は10年で半分にはならない。
10代人口の減少率は毎年小数点以下数%から1%台前半である。対して文庫ラノベ市場は激しいときには前年比14%近く減少しており、少子化の速度をはるかに上回っている。かつて「中高生向け」と言われたラノベ市場に、一体何が起こったのか。
これには、2010年代を通じて、株式会社ヒナプロジェクトが運営する日本最大級のウェブ小説投稿・閲覧サイト「小説家になろう」発の単行本ラノベ(判型が大きいソフトカバー仕様単行本で、文庫本コーナーではない場所に置かれるもの)という「大人向け」の市場が開拓されたことが関係している。
「小説家になろう」というウェブサイトには、誰でも小説を投稿できる。その無数に投稿されたウェブ小説のなかで人気になった作品が、2000年代後半以降、書籍化されるようになった。そのほとんどは、出版社主催の小説新人賞を受賞するなどしてプロデビューした作家によるものではなく、それまで商業出版の経験がないアマチュアが投稿した作品である。
「小説家になろう」に限らず、各種小説投稿サイトで人気を博したことで商業出版デビューを果たす作家は、今ではまったく珍しくなくなった。「小説家になろう」発の異世界ファンタジーは「なろう系」と呼ばれる。なろう系のウェブ小説を書籍化した際の読者の中心は、作品にもよるが多くが20~40代、つまり大人であると言われている。
そして2010年代前半には、なろう系作品が従来の文庫ラノベよりもよく売れる、すなわち売上の初速が良く、重版率が高いという現象が確認された。2013年には推定発行金額が30億円市場だった単行本ラノベ(その多くがなろう系書籍化)は、2016年には100億円市場に急成長し、以降はほぼ横ばいをキープしている(出版科学研究所調べ)。
文芸市場の規模は10年で「4分の1」に
2013年以降、文庫ラノベが凋落していったこととは対照的である。この差はなぜ付いたのか。なろう系は、ウェブ小説サイト上で人気になった作品だけを本にする。つまり読者によるテストマーケティングが先に済んでおり、ウェブ上での競争に勝った作品だけを書籍の企画として通す。そちらのほうが本読みのプロ、「目利き」であるはずの編集者が企画のジャッジをしている書き下ろしの文庫ラノベよりも、ヒットの打率が高かったのである(大半の作家や編集者は、どうがんばっても一般的な読者とは感覚がズレており、実際の読者が支持した作品を本にしたほうがよく売れる、ということだ)。
正確に言えば、ラノベに限らず、小説誌・文芸誌発の一般文芸や、ミステリー、SFといったジャンル小説よりも、人気のウェブ小説書籍化のほうがよく売れた。「出版月報」(出版科学研究所)2021年9月号によれば、文芸単行本全体に占めるウェブ発のラノベ単行本の割合は冊数ベースで43.7%、金額ベースで37.2%に及ぶ。
また、日販営業推進室出版流通学院『出版物販売額の実態2021』掲載のグラフによれば、2010年の売上を100としたときの2020年の文芸市場の売上は46.4、同『出版物販売額の実態2022』では2011年の売上を100としたときに2021年は46.7である(図11参照)。
つまりウェブ小説書籍化は、2010年代を通じて「半分」以下になった文芸市場のおよそ「半分」を占めた――ウェブ小説以外の文芸市場の規模は10年で4分の1になった――ことになる。市場のシュリンクに抗うように成長してきたウェブ小説書籍化作品群が存在していなければ、文芸市場はより壊滅的にしぼんでいたはずだ。
ともあれ、なろう系の急速な台頭の結果、既存の文庫ラノベレーベルもウェブ小説を書籍化するようになった。のみならず、文庫書き下ろしのオリジナル作品でも、なろう系を読むような大人の読者向けの作品を増やし、主人公やヒロインが大人の作品を刊行するようになった。「ラノベ=中高生向け」という建前を取り払ったのである。
「若者のラノベ離れ」はなぜ起きたのか?
結果、起こったのが本来メインターゲットだったはずの10代の急速な客離れであり、市場の半減だ。なぜ10代向け市場に大人向けを加えると10代に敬遠されるのか。たとえば若者向けの服の売場に突然おじさん向けの服も売られるようになったら「従来どおりのものも売っていますよ」と言われたところで、若い人は「なんか違う」と感じ、積極的にその店を使いたいと思えなくなるだろう。
それと同じで、2000年代までは中高生にとってラノベというカテゴリは「自分たち向けのジャンル」と積極的に思える場所だったが、2010年代以降は「自分たち向けの作品も一部にあるジャンル」程度の位置づけに変わってしまったのである。ターゲット顧客と提供価値がブレれば、当然、客離れが起こる。
従来からある「文庫ラノベ」と、ウェブ小説書籍化を中心とする「単行本ラノベ」を合算した数字を見ても、ラノベ市場は2016年の302億円(文庫202億円、単行本100億円)がピークである。以降、単行本は横ばい、文庫ラノベは顕著な減少のために、2020年には単行本と文庫本を合算して244億円となった。なろう系書籍化作品の目先の売上(の効率性)に気を取られてラノベ文庫レーベルは大人向けに力を入れたが、トータルで見れば文庫ラノベのマーケットは従来の「中高生向け」を中核としたもののほうが大きかったのだ。
大人向けにシフトした代償に、中高生からの支持を失った。統計上、中学生の読書量は増え、高校生は横ばいだ。中高生(とくに中学生)のほうを向き続けていれば文庫ラノベのここまでの縮小は避けられただろう。それは児童書市場の活況を見れば疑いえない。
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