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裁判所のミスで減刑嘆願署名箱が大惨事!
裁判所のミスで減刑嘆願署名箱が大惨事!
(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)
奈良地方裁判所に、宛先に安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也被告の名前の入った段ボール箱が届き、これが金属探知機に反応したことから、職員や来庁者たちを避難させる騒ぎとなったのは、先週12日のことだった。この日に予定されていた、山上被告が出席しての第1回公判前整理手続きは中止。挙句の果てに、中身は大量の書類で、山上被告の減刑を求める署名だったという、まさに“から騒ぎ”に終わっている。
そんな浮足立って大騒ぎする裁判所の対応を眺めていて思い起こされるのは、かねてから指摘される裁判所の常識の欠如だった。「裁判所、裁判官には一般常識がないのではないか」という声は20年近く以前に大きくなり、これが裁判員裁判の導入に繋がった経緯もある。
段ボール箱の中身に金属片など皆無だったが
今回の事の起こりは、12日の午前11時45分ごろ、奈良地裁に粘着テープで梱包された縦約33センチ、横約28センチ、高さ約26センチの段ボール箱が配達され、金属探知機が反応したことから、危険物の可能性がある不審物と判断。職員が県警に通報した。宛先は山上被告の公判前整理手続きの担当者で、送り主の住所は東京都内だった。
通報を受け、県警の爆発物処理班が回収。調べた結果、山上被告の量刑の減軽を求める約1万3000人の署名だった。送り主の女性はメディアの取材に対し「署名にはクリップやホチキスの針などは入っていない」と答えている。なぜ金属探知機に反応したのか、理由は不明としている。
そもそも、金属探知機に反応しただけで、どうして爆発の可能性を含めた「危険物」と判断したのだろうか。このサイズの箱ならば、空港の手荷物検査で使われるようなX線検査機に通せば、もっと詳しく確認できたはずだ。東京地裁には常設されている。奈良地裁にはなかったのか。あっても箱が通らないものだったのか。
宛先に山上被告の名前があったことから、過敏に反応したこともわかる。だが、それが殺傷能力のあるものだとして、誰を狙ったものと判断したのだろうか。山上被告だろうか。あるいは、山上被告を裁く側だろうか。それによっては対処も違ってくるはずだ。そこにも疑問の余地が残る。
オウム真理教事件で厳重になった裁判所の安全管理
東京地裁の入り口にX線検査機が置かれ、一般来庁者は空港と同じように手荷物を検査に預け、金属探知機のゲートを通らなければならなくなったのは、オウム真理教事件がきっかけだった。
いうまでもなく、オウム真理教は地下鉄サリン事件をはじめとする数々のテロ事件を引き起こしたまさにテロ組織で、教祖や幹部が裁かれる現場は、テロを警戒しなければならなくなった。信者が裁かれる法廷も限られ、傍聴には手荷物を預けて、全身に金属探知機をあてられた上に、裁判所職員からボディーチェックまで受けなければならなかった。
実際に、拘置されている教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)を奪還するための武装蜂起を計画し、武器を集めていたロシア人信者のグループもいたが、こちらはロシア国内で逮捕され、裁かれている。
そのように裁判所が恐れたのは、拘束されている教祖や信者の解放や、裁判の妨害目的で起こされる教団関係者によるテロ行為だったはずだった。
「死刑囚を守る」ために手厚い措置
ところが、これが一転する出来事が起きる。教祖をはじめ教団幹部13人の死刑が確定して、一連のオウム裁判が一旦終結した2011年末に、それまで17年間も逃走していたオウム特別手配犯3人のうち平田信が警視庁に出頭したことだった。これを契機に残る2人も相次いで逮捕され、裁判が再開される。
そうすると、事件の共犯とされ、すでに死刑判決が確定している教祖や幹部の刑の執行が停止されるばかりでなく、証人として法廷に出廷して証言しなければならない、異例の事態となった。死刑囚は外部との接触は禁じられ、接見も家族だけに限られる。
そこで東京地裁は、証言台を遮蔽で囲んで証人からも傍聴席からも双方が一切見えないようにしたばかりでなく、傍聴席の最前列に厚い透明のアクリル板を設置して遮断したのだ。
そこまでした理由は、死刑囚を守るためだった。山上容疑者が安倍元首相を背後から銃撃したように、死刑囚が襲われることを防ぐためだった。
だが、そもそも、誰が死刑囚の命を狙うのだろうか。事件の被害者の遺族だろうか。しかし、犯罪被害者が望んだ死刑ならば、すでに確定している。あとは執行を待つだけだ。あえて急ぐこともない(実際にその後、13人は全員が執行されている)。とすると、誰から死刑囚を守るのか。意図がまったくわからなかった。
しかも、裁判所職員によるボディーチェックは厳しさを増した。ハラスメントと言えるほどに、激しい力で全身をまさぐる。不快だったし、それが嫌なら傍聴に来るなというのであれば、それももうひとつのハラスメントだった。そうまでして裁判所は何を恐れているのか、まったくわからなかった。的外れに無駄な費用と労力をかけて傍聴人に苦痛を与えているだけで、常識では理解しがたい。
今回の奈良地裁のから騒ぎも、その一端をのぞかせている。結論から言えば、警備が不十分だったことだ。
いずれ山上被告がこの裁判所で裁かれることはわかっていたはずだ。それに先んじて、この日は公判前整理手続きに被告人がやって来る。そこに山上被告関連の段ボール箱が届いた。金属探知機が反応する。危険物の可能性を疑う。そこまで連想できるのだったら、事前にX線探知機を準備するなど、もっと備えておくべきだった。あるいは、不審な段ボール箱が届くと想定していなかったのだとしたら、落ち度だ。そして、守るべきものは山上被告なのか、それとも彼を裁く裁判所なのか。
常識が欠如した対応
山上被告は裁判員裁判で裁かれる。このような状態で、裁判員の身に危険が及ぶことがないといえるのだろうか。裁判員は一般市民から選ばれる。過去には、福岡地裁小倉支部で暴力団が絡む事件の裁判員が、暴力団関係者から「よろしく」などと声をかけられて問題になったこともある。
段ボール箱の中身も、金属探知機に反応したからといって、爆発物とは限らない。液体を混ぜ合わせることによって、有毒ガスを発生させるものかもしれない。かつてオウム真理教は、教団施設に強制捜査が入ったあと、新宿地下街のトイレに段ボール箱で作った青酸ガス発生装置を置いて、無差別テロを狙ったことがあった。
とは言え、安易に箱を開けるのも危険だ。やはりオウム真理教は、東京都知事当てに爆発物を送りつけ、開封した都庁職員が手指を失う大怪我を負っている。
段ボール箱に金属探知機が反応しただけで、これだけ浮足立つくらいなら、もっとさまざまなことを想定した対策が必要なはずだ。それくらい、常識の範疇のはずだ。
用心に越したことはないが、事件の性質や裁判員制度を考慮した“転ばぬ先の杖”もないまま、このような大騒ぎを繰り返して公判前整理手続きを遅らせるようでは、裁判所の責任が問われても仕方ない。
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