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2021年に亡くなった人の数は約144万人。相続税の課税割合は9・3%だったが、課税されたか否かにかかわらず、この144万人の遺産が配偶者や子供に受け継がれ、その一部では相続争いも起きた(22年12月、国税庁)。
相続争いは「遺産の少ない家族で起きる」
一般的なイメージとは対照的に、資産を持つ人は相続に関して事前対策を講じている場合が多く、相続争いは「遺産の少ない家族で起きる」。
家庭裁判所に申し立てられた相続争い(遺産分割事件)を遺産額別に見ると、遺産1000万円以下が33%、1000万円超~5000万円以下が44%を占めた(認容・調停成立件数、2021年の司法統計)。
相続争いを回避する1つの方法は遺言書を遺すことだ。
相続制度では、法定相続人の相続割合は民法で定められているが、遺言書を書いて財産の分配を指定することで、相続争いが起きるリスクを下げることができるのだ。
遺言書には、自分で書いて名前と日付を入れ、押印し、保管しておく「自筆証書遺言」と、手数料を支払って公証人役場で作成する「公正証書遺言」がある。
しかし、遺言書の作成は様々な点で大変だ。
東京・世田谷区に住む50代の男性サラリーマンは、80代の父親に自筆証書遺言を書いてもらうのに苦労したという。
「父親は高齢で普段は文字を書いていないし、1行書くのに30分も40分もかかるのです。しかも書き間違えばかりするので、途中で、専用のゴムでこすれば消えるボールペンを使ってもらいました」(男性)
消えるボールペンは鉛筆同様、改ざんリスクがあるので、遺言書に使用することは勧められていないが、やむをえなかったという。
書き上がった後、地元の司法書士に見せて間違いがないか確認してもらった。遺言書は、法務局に預けるつもりだという(現在は、法務局が自筆証書遺言の様式を確認して保管してくれる「自筆証書遺言書保管制度」がある)。しかし、ここでまた壁に突き当たる。
「預かってもらうためには、顔写真入りの身分証が必要だと知りました。しかし、父親は、免許証は10年以上前に返納し、パスポートは更新していません。顔写真入りのマイナンバーカードは申請したものの、面倒くさがって取りに行っていませんでした。今、再申請しているところです……」(男性)
遺言書の内容に不備があり、遺族が苦労することも少なくないという。
よくある「内容の不備」
「遺言書を書いたから大丈夫や」――。
こう豪語していた会社経営者が70代後半で亡くなった後、妻、長男、長女の3人は裁判所で遺言書を検認してもらって、初めて中身を見て拍子抜けした。
縦書きの便せん2枚に書かれた文字は、確かに父親の達筆なくずし字。しかし内容は、「会社の株は長男に」「現金は妻と長女が半分に分け、長男が金に困っていれば、妻の判断で分けてあげること」としか書いていなかった。父親名義の自宅など他の財産については書かれていなかったため、遺産分割を決めることができなかったのだ。
相続は、相続人全員が合意すれば遺言書の内容を無視できる。3人は仕方なく遺産分割協議に入って事なきを得たが、3人が合意できなければ相続争いが起きていた可能性もあっただろう。
遺言書の内容は自由に決められるため、父親が、可愛がっていた長男に遺産のすべてを渡し、次男には何も遺さないということもできる。
しかし法定相続人のうち、配偶者・子供・親の3者には、遺言書で分配対象から外されたとしても、一定の財産分与を請求できる「遺留分」という権利がある。
この例では次男は遺産を請求できる権利がある。こういったケースでは、話し合い、そして訴訟に至ることも多いため、遺言書を書く際にあらかじめ遺留分に留意して書いたほうが、遺族の負担が軽くなることが多い。
「無効でしょ!」長女に訴えられた母親
遺言書を遺したことで、逆に相続争いが起きることもある。
70代後半の両親が住む都内の持ち家に、離婚した40代後半の長女が子供1人を連れて帰り、一緒に暮らしていたケース。
父親が亡くなった時、遺言書を遺していたことを母親と長女は初めて知った。そこには「財産は妻に渡す」と書かれ、長女に向けて「母さんの面倒を頼む」と添えられていた。
この遺言書を見た長女が激怒。財産をもらえるものと思って計画を立てていたらしい。そして遺言書に押印がないことに気づいて「無効でしょ!」と騒ぎ出した。
長女の怒りはすさまじく、離婚して両親のもとへ帰る時に父親は多額の援助を行ったが、「援助してもらったことはない!」と記憶を改ざんする始末だった。
長女の剣幕に母親はとうとう精神を病んでしまったが、長女は構わずに裁判に訴えた。その結果、長女が家を出ることを条件に、母親が長女に2000万円渡すことで決着した。母親が相続した大半は自宅であり、貯金だけでは足りず、生命保険を解約したという。
近年は、遺言者と認知症の関係も深刻だ。
遺言者が認知症を発症していて法律上の意思能力がなければ、遺言書は無効になる。しかし何年か後に来る相続の時点で、さかのぼって意思能力の有無を確認することは難しい。
中には、高齢の父親が長男、長女、次女……と子供たちの家をたらい回しにされ、そのたびに、同居していた子供に有利な遺言書を書かされていたケースもある。法律上は最新版が有効だが、その間に認知症を発症していれば、どの段階で書いた遺言書が有効か争われることになる。
公証人に作成してもらう公正証書遺言は、遺言者の意思能力をきちんと確認してくれた上で作成されると思われがちだが、実はそうでもない。
公正証書遺言の有効性を巡る裁判で、2016年1月に東京地裁が出した判決は、次男が意思能力のない親を公証人役場へ連れて行って「次男の意図通りに遺言書が作成された」と判断し、公正証書遺言を無効とした(事例は『国税OBだけが知っている 失敗しない相続』(文春新書)より)。
改めて確認すると、自筆証書遺言は、民法968条で「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と定められている。書き間違えた時は、訂正する際にその旨を書いていちいち署名、押印しなければならず、訂正するより書き直したほうが早くなる。
しかも遺言書を書いた後に財産の内容が変わったり、遺言内容を変えたりする時は、その都度、書き直すほかない。
国はデジタル化の推進を掲げてマイナンバーカードの普及も進めているが、遺言書のデジタル化(電子遺言書)が認められれば、少なくとも単純な記述ミスはなくなり、作成の利便性は大きく向上する。
また、遺言書の作成率は3%程度と言われるが、デジタル化すれば作成率が上がる可能性もあるだろう。
実際、政府の規制改革推進会議の「デジタル基盤ワーキング・グループ」の第2回会議(22年3月1日)で、電子遺言書の導入が検討された。
有識者として、この会議に出席したサムライセキュリティの濱川智社長が話す。
「民法が遺言書に求めているのは本人確認と真意性ですが、生体認証と本人確認書類、パスワードを組み合わせるなど複合認証を採用すれば、かなり厳格に本人確認と真意性が担保できます。またブロックチェーン(分散型台帳)を利用すれば、内容の改ざんリスクはかなり排除できます。技術的には、遺言書のデジタル化は可能です」
遺言書のデジタル化に先駆け、サムライセキュリティはスマートフォンで相続に向けた準備が一通りできるサービスの提供を始めた。
相続準備の状況確認、財産目録の作成、必要な税理士等の検索、そして電子遺言書の作成までできるものだ。
また近年、相続では「デジタル遺産」の行方が問題となっている。
銀行口座の管理、投資などあらゆるもののデジタル化が進んでいるが、デジタル資産は本人しかアクセスできず、相続人がその所在を知ることが難しい。
サムライセキュリティのサービスでは、登録者の家族が情報を共有できる仕組みも取り入れている。
サービスは22年3月に開始し、昨年末から登録者が急増、現在約1200人まで増えた。
「登録者の半分は本人ですが、もう半分は、両親の代わりに子供が、または配偶者が代わりに登録しているケースなどで、代わりに登録している方の大半は女性です。男性は相続に割と無頓着ですが、女性は両親に、または夫に何か起きた時など、将来について真剣に考えているのでしょう。しかし、性別に関係なく、総じて、デジタルで相続情報を保管しておくことに抵抗感が少なくなっていることを実感しています」(濱川社長)
超えられない法律の「壁」
だが国民の側に抵抗感がなくなっても、電子遺言書が解禁される時期は不明だ。
前述の通り1年前の会議で検討されたが、議事録を読むと、出席した法務省の参事官や企画官の歯切れは悪く、デジタル化の目標時期は明記されなかった。しかもその後、検討は進んでいないのだ。
電子遺言書の場合、内容が決まっていれば作成自体は5分でできるという。
濱川社長自身も電子遺言書を作成して保管しているが、現時点では法律上は無効だ。
そのため電子遺言書を作成した後、それを印刷すれば「薄い文字」が印字される仕組みを導入した。遺言作成者が薄い文字をペンでなぞり、押印すれば法的に有効な遺言書が出来上がる。
「スマートフォンの画面で電子遺言書を見ながら、または印刷して見本として横に置いて遺言書を書こうとしても、やはり書き間違える。なぞるのが一番早いことが分かりました」(濱川社長)
デジタルデータをわざわざ印刷して、しかもなぞる……これが現在の法律なのである。
(坂田 拓也)