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【虫の糞茶】京大生様「虫のうんこでお茶作ったやでー」
京大生が開発した「虫の糞茶」、クラファン達成が映す未知の昆虫食の可能性 | ニコニコニュース
(沢田眉香子:編集・著述業)
昔から漢方薬として用いられた
JBpressでも「『コオロギ食』への差別行為が横行、嫌なら食べなきゃいいだけなのになぜ」などの記事が、大いに「燃えて」しまった一件だ。
世間がコオロギで大騒ぎする中、全く違ったフィールドで、昆虫と自然の未知のコラボレーションと言える食品を提案し、300万円のクラウドファンディングを成功させてしまった京大生がいる。
その昆虫食とは、なんと「虫の糞を抽出して飲むお茶」。
開発したのは、京都大学大学院農学研究科博士課程でイモムシと植物と寄生蜂について研究している、丸岡毅さんだ。
糞を口にすると聞くとショッキングなのだが、実は虫の糞のお茶は昔から漢方薬として用いられ、蚕の糞茶は日本でも一部の農家さんが自家用に愛飲しているという。
口の中に広がるソメイヨシノの風味
糞がお茶になるメカニズムはこうだ。
芋虫、毛虫(蛾の幼虫)は、食べた葉を消化器官内で発酵させて糞にする。これは、茶の葉を発酵させてつくる紅茶の製法と似たプロセスが、虫の体内で起こっているといえる。
芋虫、毛虫の糞は、雑食・肉食動物の便のような腐敗由来のニオイはなく、食中毒を引き起こすバクテリアも検出されていない。
丸岡さんはこの茶を「虫秘茶(ちゅうひちゃ)」と名付けて、商品化を計画している。
イラガの幼虫の糞から抽出した「虫秘茶」を飲んでみた。イラガというのは蛾の一種である。
紅茶にも似たほのかな酸味があり、ふんわりと広がるのは、まさしく虫が食べていたソメイヨシノの風味。人工的に香りを添加したフレーバーティーにはない奥深い味わいだ。
虫が食べる葉によって味が異なる
虫の糞がお茶になる。丸岡さんがそれに気づいたのは、研究室でマイマイガの幼虫の糞から、いい香りを感じた時だった。
コロコロとした糞を乾かして、熱湯を注ぐと、マイマイガが食べていたサクラの香りが凝縮された「お茶」だった。
さらに、虫と葉の組み合わせを約60種類、試作してみて、同じ虫の糞でも、食べる葉によって違う味の「お茶」になることがわかった。
そもそもだが、虫の糞をなぜ口にしようとしたのか?
「2022年、博士課程に進学して、学位取得後の進路を探していました。その選択肢のひとつとして昆虫食があったのですが、その世界を見ると『食の多様性』といいながら、みんながコオロギに焦点を当てて、パウダーにするなど、同じことをやっている。疑問を感じました」
糞のお茶は「植物と虫の多様性をそのまま飲む」わけで、生態系やいきものの多様性を伝えることができる。
丸岡さんは広報活動を開始し、クラウドファンディングで開発支援を呼びかけた。そして2023年2月、目標額100万円を大きく上回る300万円の支援獲得に成功した。
「虫と植物が作る、茶の秘境」
物珍しさや、多様性という理想だけでは、こうはいかないだろう。
虫秘茶のホームページには、アート的なビジュアル、美しい写真でシンプルに構成されている。
誰も飲んだことのない神秘的で希少なお茶として「虫秘茶」をアピールしたうえで、キャッチコピーをつけた。
「虫と植物が作る、茶の秘境」
これは、思わず、好奇心がそそられるではないか。
お茶は実験器具にシャーレに入れて発送
丸岡さんの思いを、ヴィジュアルや情報設計によって伝えるのは、デザイナーの水迫涼汰さん。ネーミングに際してはこう考えた。
「『糞を飲む』というと、ゲテモノ的な商品になってしまいます。かといって、虫の存在を隠すと、この商品の魅力を伝えきれないし、必ず突っ込まれますよね(笑)。糞茶という伝統的な食文化からも遠ざかりたくない。そこで糞に、“虫が秘めている力の結晶”という意味を込めて“秘”という文字を使い『茶の秘境』というコピーにつなげました」
クラファンの支援者172人への返礼品の虫秘茶は、実験器具のシャーレに入れて発送した。
「商売目線ではなく、研究者というバックグラウンドをもった人が発見し、伝えていることを表現したかった」
昆虫食の情報がネガティブに届かないよう、ありきたりな表現を避け、殻を破って新しいイメージを与えた。
アート思考とデザイン思考で昆虫食から「脱皮」
「虫秘茶」は丸岡さんと水迫さんという、研究者とデザイナー2人のプロジェクトだが、既成概念や既存のプロセスを疑う丸岡さんの発想は「アート思考」。それを、水迫さんの「デザイン思考」による課題解決力がサポートする、異業種協働の強みが発揮されている。
クラファンに成功した「虫秘茶」の次のステップだが、当然、売れ筋商品の量産体制かと思いきや、丸岡さんの構想は、やはり想定外に「アート思考」的だ。
日本全国で「地産」の虫秘茶ブランドをつくる
「虫秘茶にあるのは、“虫と植物の環境の一部を切り取ってお茶にする”という発想です。量産や生産効率を求めず、日本各地の生産者と、地産の虫秘茶ブランドをつくりたい」
たとえば、青森県のリンゴ葉とマイマイガ、沖縄県のオキナワウラジロガシの葉とキノカワガといった土地固有の虫と植物の組み合わせで、生態系を反映した虫秘茶を生みだす。その糞を生産者から買い取って「虫秘茶」ブランドで販売するという構想だ。
今はその協働者を全国に求めているところで、すでに数カ所から問合せがあるそうだ。
植物と虫の価値を地域の産業に還元
「植物と虫に価値が見出されて、地域の産業として還元されるという、そんな先々までを見据えた仕組みをデザインしたい」と水迫さん。「虫秘茶で伝えているのは『虫の糞がお茶になる』と聞いた時のドキドキ感、好奇心なんです」。
食の選択肢として、昆虫が提案されることは、悪いことではないはずだ。しかし、政治家がこれ見よがしにコオロギを食べてみせ、「SDGs的に好ましい」と上から目線で押し付けられるような感じには、抵抗を感じる人が多くて当然だろう。
人の行動や社会を変えるのは、未知のものに心を向ける好奇心だ。イノベーションと「ドキドキ」を伝える豊かな表現によって、小さな虫の糞から、食と自然の文化に小さな変革を起こすかもしれない。
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