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本稿は、平野翔大『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「何をやっても怒られる」とうなだれる父親
「何をやっても怒られるんです。いろいろ自分なりに調べてやってみたりしているんですが、何をやってもダメ出しされます。どうしたらいいのか分からないんです。全く妻と同じようにやるのは難しいですし……」
このリアルな父親の声を読んだ時、皆さんはどう思っただろうか。実際に、かなり多くの父親から聞いたのが、この「何をやっても妻に怒られる」という声だった。怒られる理由も色々ではあるが、これは決して「育児にコミットする気のない父親が、呆れた妻に言われたこと」ではない。自分自身も育児に強い興味・関心を持ち、ともすれば自分でも色々調べ、育休も取得した、そんな父親のリアルな「声」だ。
なぜ頑張っているはずなのに、「何をやっても怒られる」という状況ができてしまうのか。
実際の父親の声を通じて、少し考えてみよう。
一番多くの父親から聞いたのが、「何を知れば(聞けば)いいのか、それすら分からない」という言葉であった。産婦人科医という職業柄、ヒアリングの最後に時間があれば必ず、「何か聞きたいことはありますか」と質問している。しかし、そこで「結局何が分かっていないのか、分かっていないんです」という方は決して少なくない。
学生の時、苦手分野ほど「先生に質問していい」と言われても「何を質問すればいいかが分からない」という状況になったことがある人もいるのではないだろうか。基本的なことが理解できないと、質問もできず、そこからどんどん苦手になっていってしまう。日本では性教育の不足もあり、まさに男性にとっての「妊娠・出産・育児」がこの状況になっているのだ。
■「総論的な知識がない」という根本的な問題
少し例えで考えてみよう。
あなたが投資を始めたいと思ったとしよう(投資に関わる職業ではないと仮定する)。
まずどのような行動を取るだろうか。いきなりネットで証券口座を開設し、株を買ってみる方もいるかもしれないが、多くの方が、銀行に行く、ネットで調べる、書籍を読む、など「情報収集」を選択するのではないだろうか。
その結果、多くの方が余剰資金で債券や株式、投資信託などを始める。ある程度基本的なことを学べば値動きや動向が把握でき、かつ大損をしても大きなリスクを抱えないような資金から開始すると思う。
この状況で、投資用不動産やデリバティブ・先物、さらにはFX・仮想通貨といったものにいきなり手を出す方は多くないだろう。預金と債券・株式の違いならまだしも、複雑なものを理解するためには相応の知識が必要になる。しかし基本的な知識を得ず、ブログなどの「これが儲かる!」といった話に飛びついてしまい、騙されてしまう人も決して少なくはない。
この問題は、「総論的知識がない」ということが根底にある。
■「何を調べればいいのかわからない」
金融というのは非常に複雑、かつ多くの社会動向や法規制・税制も関連し、それが正解かどうかは実際に投資をして値動きをみなければ分からない。基本的な商品の性質、金利や配当の仕組みなどが理解できれば「怪しいハナシ」もある程度見分けられるようになるかもしれない。
しかし基礎知識がないままに断片的な知識で判断すると、専門家から見れば「怪しいハナシ」でも、「良いハナシ」に見えてしまい、騙されるのである。このような「怪しいハナシ」を見分けるためには、そこに出てくる言葉の意味を理解し、かつ全体像を把握した上で適切な知識を得ることが必要になる。
まさに投資は、多くの初心者にとって、「何を知ればいいのか、それすら分からない」世界なのである。様々なワードが飛び交うが、「この話は正しいのか」を判断するために、「何を調べれば(=知れば)いいのか」が分からない。基礎知識が不足しているから、何かを調べようとしても、「どういう検索ワードで調べればいいのか」が分からないのである。
■妊娠・出産・育児の知識を教わる機会が存在しない
しかし投資においては、幸い「プロにお金を預ける」という選択肢がある。「投資助言・代理業」という職業があり、必ずしも自分で全部判断し、運用する必要はない。今でこそNISAやiDeCo、そしてネット証券会社の登場により、投資のハードルはかなり下がったと言えるが、これらも含め多くが、プロに手数料を払って運用を任せる形式を取っている。
圧倒的な知識を持っているプロに「代理して」もらうことで、そのリスクを減らすことができるのだ。
これが育児となると、そうはいかなくなる。育児と投資の最大の違いは、「代理業」が存在しないことだ。ベビーシッターなどに任せる手はあるが、あくまで育児の中心は親であり、基本的にその役割や決定を他人に委ねることは難しい。
そして「とりあえずやってみる」というわけにもいかない。妊娠すればそこには一人の「命」があり、「とりあえず1万円だから、投資で失敗しても痛くない」という話ではないのだ。最初から自らの手で進めていく必要があるし、失敗してもなんとかなる、というわけにはいかない。
しかし、妊娠・出産・育児の「知識」を学ぶのは、日本においては非常に難しい。
筆者は産婦人科医なので、卵子・精子から子どもの発達まで、「系統化された知識」としてかなり詳しいところまで知っている。しかし、日本では未だに義務教育で妊娠・出産・育児についてきちんと教えていない。基本的なところすら、知らない方が多いというのが専門職としての実感だ。由々しき問題であるが、少なくとも今の育児世代はその教育システムの中で育ってきてしまっている。
このような「基礎知識不足」からくるトラブルは、枚挙に暇(いとま)がない。
■気を遣った結果、妻の怒りを買ってしまう
ある父親は、妊娠・出産・育児の知識について、「野球について調べたら、メジャーリーグと草野球の情報がごちゃまぜに出てくる状態」と表現した。「正しい知識と、正確ではない知識が混在している」というニュアンスだ。少しでも育児・出産に関して生じた疑問を調べたことがある方なら、このことの意味が分かると思う。
この父親は、つわりで苦しむ妻に対し、なんとかしようと、「つわり中に食べると良いもの」を調べた。その結果「分食や食物繊維などが良い」という知識を元に、実際に食事を作ろうとした。しかし、妻からは怒りを買ってしまったという。
妻は産婦人科医から「食べられるものを、食べられる時に食べてもらえれば良い」と言われており、気が向いた時に手に取りやすいお菓子などで対処しようとしていたのだ。ただでさえ食べられない中で、食べにくいものを出された妻が怒るのも致し方ないと思うが、この父親も全く悪気はなく、むしろ積極的に向き合おうとしていた。
確かに、つわり中でも感染のリスクがあるものなど、「避けたほうがいいもの」は一部ある。しかし基本的には栄養バランスより「食べられるものであれば何でも良い」と多くの産婦人科医は指導する。この父親は「食べられないからより気を遣わなければ」と考え、色々調べた結果、まさに妻にとって「食べにくいもの」を提案してしまった。
■「40週0日が予定日」と言われているが…
「つわりにいい食事」と検索すると、「こんな食事が良い」という具体的な情報は多く出てくる。しかしその情報の中から、「食事の内容より、今は食べられるかどうかが大事」という情報を見つけ出すのは難しい。まさに「メジャーリーグ」に相当する「医学的な情報」である「食べられるものなら何でも良い」と、「草野球」に相当する「個々の経験談」などによる「この食品が良い」という情報が混在しており、この父親は草野球の情報で対処してしまったのだ。
今度は他の父親が、「断片的な知識で判断してしまい、後悔した」と振り返る事例をご紹介しよう。
妊娠に関して比較的よく知られている知識として、「40週0日が予定日」というものがある。「予定日」という言葉から、多くの方は、赤ちゃんがこの日に産まれるようなイメージを抱かれている。実際に父親に「赤ちゃんが産まれるのはいつ頃だと思いますか」という質問をすると、「予定日前後1週間程度」と答える人が最多であった(筆者調べ)。
しかし医学的に正しいのは「37週0日から42週0日であれば『正期産』=産まれても問題のない時期」だ。5週間もの幅がある。しかも一番多く産まれるのは40週ではなく38週であり、正期産のうち、40週0日の前後1週間(39週台・40週台)で産まれるのはなんと半数以下である(※1)(ただし病院における分娩の統計である点に注意)。
実際、出産に備えて40週の近辺でわざわざ予定休暇を取り、37週に最後の出張を組んだものの、その出張中に産まれてしまったという父親の事例を関係先から聞いたことがある。
「37週から産まれる可能性がある」という知識さえあれば、このような事態は避けられたはずだが、「40週が予定日」という断片的なイメージが先行してしまっていたのである。
この事例は「悲しい思い」程度で済んでいるが、知識によっては妊婦や赤ちゃんを危険に晒しかねないものもある。
(※1)周産期委員会報告、日本産婦人科学会誌74巻6号、692-714
■「育児ビジネス」に騙されてしまうリスクも
そして残念なことに、まさに投資でいう「怪しいハナシ」、つまり「育児ビジネス」が世界中ではびこっている。
特に精神発達や自閉症に関する領域では、全く科学的根拠のない言説や方法・商品がさも効果的かのように宣伝され、高額で売りつけられている実態がある。すべての育児情報が完璧に医学的根拠に基づいている必要はないが、異様に高額なものや、ともすれば害になりかねないものが存在し、これに騙される人も後を絶たない。
この状況は、父親においては特に強いストレスに繋がりやすいと考えられる。基本的な知識がない中で調べることは、「この情報は正しいのだろうか、自分の今の状況に合っているのだろうか」ということを常に考えなくてはならない。男性は行動を起こす際に、「正しい知識がある」ことを重視する傾向がある(※2)という研究結果もあり、知識に自信が持てない状態での育児には、より強いストレスを感じている可能性もある。
母親であれば定期的に産婦人科医や助産師・保健師と接する機会もあるし、妊婦健診などを通じ関係性も構築できる。しかし父親は、その知識を確かめる先もないし、それ以前に判別する基礎知識も持つのも難しい。
男性にとって、「知識不足」はかなり深刻な問題なのだ。
(※2)柳奈津代ほか、保育園児の家庭における与薬環境向上のための包括指標による評価、JSPS科研費 21K13557
■「男性を育児から排除してきた」ことが最大の問題
さきほど、つわり中の食事で妻の怒りを買ってしまった父親の話をしたが、これは決して稀な話ではないだろう。多くの父親が試行錯誤しつつ育児に挑戦し、結果として断片的な知識から間違った行動を取ってしまう。一つ一つは小さくても、積み重なれば母親からは「ダメな父親」という扱いを受けてしまいかねない。
更には後ほど触れていくが、「産後クライシス」や「父母で異なる思考の変化」により、出産直後は考え方・知識・経験、そして身体の状況含め、父親と母親で大きなズレが生じてしまっている。この状況で父親が育児をすれば、当然母親からすると「危ない育児」に見えることも増えていく。結果として、「安心して任せられない」と感じてしまい、「何をやっても怒られる」という状況を生んでいるのではないだろうか。
無論、父親自身が頑張る必要はあるかもしれない。母親が寛容になるべきという意見もあるかもしれない。しかし、幼子の育児に必死な母親にも、初めての経験で戸惑う父親にも、個々の努力でこれを解決しろというのは難しい話ではないだろうか。
この状況は、「男性を育児から排除し続けた数十年」のツケなのだ。男性に育児をさせてこなかった上に、義務教育で知識も教えていない。それで育児をやれというほうが、無理な話だ。「父親が不勉強」「分かっていない」と断じる前に、その父親自身が置かれている環境に、ぜひ目を向けてほしい。
■「むしろいないほうがいい」という母親の声
父親が「どうやったらいいか分からない」と嘆く中、多くの母親から聞かれたのは、悲しくも「むしろいないほうがいい」という声だった。母親のヒアリングも多岐にわたり、夫を教育し“父親”にした母親、諦めた母親、離婚して一人で育てる道を選んだ母親もいれば、育児の主体が父親で、母親のほうが仕事のウェイトが大きい夫婦もいた。それぞれに異なる問題や意見があったが、共通して存在した問題がいくつかある。
その中でも、関係性が悪化しているカップルの母親から多く聞かれたのが、「いないほうがいい」という声だった。決して簡単ではない育児において、「少しでもいればいい」ではなく、「いないほうがマシ」になってしまう心理は何なのだろうか。その理由が、「いるだけ手間が増える」というむしろ逆の声だった。
「たまに日曜とかで料理するよ、と張り切って料理したり、子育てをやろうとするのはいいんですが、結局その前後で色々な家事が増えるんです。やり方も違うから後処理大変だし、それで『家事育児やった』と満足感出されてもねぇ……」
これは決して「ダメな父親」だけに対する感想ではない。多くの父親が最初、「自分にできることはなんだろうか」と、休みの日に見えやすい家事である料理などを頑張ったり、子どもと遊んだり、触れる時間を作ろうとする。育児のすべては「子どもと向き合う」ことから始まるのであるから、このような行為は素晴らしいことだ。しかし、その結果として、母親からは「手間が増えた」と思われてしまっているかもしれない。
■一番迷惑なのは「休日の料理」
この話をしてくれた母親が一番「迷惑」というのは、「休日の料理」だという。
普段働いている父親は、平日の料理をするのは難しいが、休日は精を出して料理をしてくれる。確かに出産前から時々料理をしてくれ、その腕は決して悪くないし、嬉しかったという。しかし産後はそれを「迷惑」と感じることが増えてしまった。
ここに母親の大きな思考の変化が隠れている。出産後、子どもを抱えながらの家事は基本的に時間との戦いになる。子どもが泣いたりすればそちらの対応に時間を取られるので、基本的な家事スタイルは「省エネ」。料理や洗い物も、可能な限り手間がかからないように進める。
しかし父親の料理は以前と変わらない。味付けや見た目にも気を配り、一見「手の込んだ」料理で家事熱心な父親に見えるだろう。しかし手の込んだ料理はその分、使う道具も増えるし、後片付けも大変になる。
以前より省エネを意識するようになった母親にとっては、これが「無駄が多い」と見えてしまう。決して多くない頻度の料理のために食材・調味料や調理器具が増えたら、言葉を選ばずに言えば「邪魔」なのである。結局、母親にとっては「作業や手間が増える」だけだし、同時に「自分の手抜き」に対する劣等感のようなものも感じてしまうことになる。もちろん、父親が料理をする間の子どもの世話は母親がやっている。
それなら、「その時間に子どもを見て休ませてくれたらな」と思うのだそうだ。
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産業医、産婦人科医
1993年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、産業医・産婦人科医として、大企業の健康経営戦略からベンチャー企業の産業保健体制立ち上げまで幅広く担う傍ら、ヘルスケアベンチャーの専門的支援、医療ライターとしての記事執筆や講演なども幅広く手掛ける。2022年にDaddy Support協会を立ち上げ、支援活動を展開している。著書に『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』(中公新書ラクレ)がある。
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