【社会】そもそもなぜ1日8時間・週5日・週40時間労働が当たり前なのか?

【社会】そもそもなぜ1日8時間・週5日・週40時間労働が当たり前なのか?

時間労働制(はちじかんろうどうせい)は、労働者の健康を保障するために、休日を除き、労働者に1日に8時間、即ち1週間に40時間を超えて労働させることを禁じる制度である。 国際労働機関1号条約は、これを規制するものである。欧州連合労働時間指令では、労働時間を残業を含めて48時間
10キロバイト (1,544 語) – 2021年12月20日 (月) 12:38
1日8時間・週5日・週40時間労働は、現代社会や労働環境が変化している今、改めて見直す必要があるのかもしれません。

1 七波羅探題 ★ :2023/03/29(水) 12:26:10.91ID:NoeVkWwd9

■いまの「当たり前」が定着した歴史を振り返る
週の最大労働時間を現在の40時間から32時間とする法案が、米国の議会に再提出されたのは3月上旬のこと。週4日勤務制を採用するべきかどうかは、何年もの間、米国の人々の強い関心の的となってきた。

だが、そもそもなぜ週40時間働くことを求められているのだろうか。土曜日と日曜日が聖なる休日とされている理由はなんだろうか。こうした概念が職場の常識となった経緯を紹介しよう。

何世紀もの間、米国の雇用主は週ごとの休みを設けることなく、労働者を長時間働かせていた。しかし19世紀初頭、多くの雇用主が日曜日を休みとすることを認めるようになった。その背景には、「サバタリアン(安息日厳守主義者)」と呼ばれるキリスト教徒によるロビー活動の影響があった。

彼らは郵便局を始めとして、さまざまな業界において、安息日には業務を休むことを義務付ける法律を設けるよう強く求めた。彼らは、キリスト教徒は第4戒によって、聖なる日には旅行や仕事、気晴らしの娯楽さえも控えなければならないのだと主張した。

ところが、ユダヤ人労働者にとっての安息日は日曜日ではなく土曜日だったことから、職場で対立が生じた。20世紀初頭には、一部の工場が、従業員の宗教的信条に配慮して、土曜日と日曜日の両方を休日とするようになった。

中でも、週休2日という概念の実施を初めて大規模に試みたのは、ヘンリー・フォードだ。1922年、彼はフォード・モーター社の従業員に対し、週5日40時間勤務制を導入し、土曜と日曜には工場を閉鎖すると告げた。

勤務日の減少は、給料にも影響を及ぼした。フォードは日給を設定したが、それはこれまで少ない休みで働いてきた従業員たちにとって減給に等しいものだった。

フォードの計画は、週末の定義について全国的な議論を巻き起こした。多くの雇用主や新聞が反対を表明し、ニューヨーク・ヘラルド紙は1922年、「フォードの計画は、仕事を最低限にまで減らしたいと考えるすべての人たちにとって喜ばしいニュースだろう」と書いている。

それでも、フォードの試みは成功した。フォードによると、同社の工場は以前と変わらない生産性を維持し、労働時間が短くなったことで、従業員は稼いだお金をより多く地域社会で消費できるようになったという。この変化のおかげで教会へ行く人も増えたと、フォードは述べている。労働運動による圧力の助けもあり、じきにほかの大企業がこれに続き、1930年代には週5日勤務制が社会に定着した。

18世紀末の産業革命の黎明期、工場や技術の発展によって経済が大きく変化しつつあった欧州の国々では、長時間労働が当たり前となっていた。その結果、労働量は増え、労働者の搾取も増えた。

「工場で働く子どもたちは、朝日がのぼり一日が明けるよりもずっと早く起き出してくる。中には靴や靴下も履いていない子もおり、疲れ切った体を引きずって、雨や雪に濡れながら、キリスト教徒の街マンチェスターの通りを歩いていく」。1857年に発表した英国の労働運動史の中で、サミュエル・H・G・キッドはそう書いている。

しかし1830年代、労働者は働く時間を制限する法律を要求するようになった。「時短委員会」がイングランド全域で公聴会を開いて1日10時間労働を提唱し、1847年、ついに工場法においてこれを実現させた。

こうした勝利は、米国の労働者にも刺激を与えた。米国の雇用主たちは、12~14時間だった労働時間を、英国にならって10時間に切り替え始めた。

さらにその後、南北戦争を契機として、1日8時間労働を求める最初の大衆運動が巻き起こった。兵士たちが戦争から帰還し、解放されたばかりのアフリカ系米国人が仕事を探し求める中、労働運動家たちは、こうした新たな労働者が低い賃金で長時間労働を要求する雇用主に搾取されることを懸念した。そこで彼らは「8時間同盟」を結成し、「仕事に8時間、休息に8時間、やりたいことに8時間」というスローガンを掲げるようになった。

1日8時間労働を実現すれば、より多くの人を雇用でき、工場の効率も上がると彼らは訴えた。しかし多くの雇用主は、余暇が増えれば労働者は怠惰になり、モラルが崩壊すると考えた。「怠惰な日々は災いを生む」と、不動産王のジェームズ・キャリー・マーシャンは主張した。「世の立派な男たちが自ら決めたタスクを達成するには、日々は短すぎる」

※以下リンク先で

ナショナル ジオグラフィック
2023.03.28
 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/032800153/

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