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スーパーフード・コオロギ食利用に対する炎上は何が原因だったのか?!
世界規模で広がりつつある昆虫食市場。その中でもタンパク質が豊富で鉄分、カルシウム、必須アミノ酸、オメガ3など多くの健康成分が含まれるスーパーフード『コオロギ』
(水野 壮:NPO法人食用昆虫科学研究会副理事長)
2023年2月末から、コオロギを中心とする昆虫食を批判するコメントが、SNSやウェブ記事などで数多く見られるようになった。中にはコオロギを食用に飼育、販売する昆虫事業者へのバッシングに発展する事例もあり、各社対応に追われている。
日本における昆虫食の普及は、10年以上前から始まった
そもそも昆虫食に関しての報道は、国内では10年ほど前からなされていた。きっかけは2013年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した報告書*1である。昆虫が、世界の食料安全保障として将来重要な食材となりうることが主張された。
日本国内でも、マスメディアがこの報告書の発表を取り上げた。日本を含む世界で昆虫が広く食べられてきたこと、環境負荷の低い食材であること、見た目とは裏腹に意外に美味しいことなどが、各番組で取り上げられた。
この頃、筆者も何度かマスメディアの取材を受け、社会の変化の兆しを感じた体験があった。かつてはバラエティ番組などで「罰ゲーム」に使用され、気持ち悪がられるコンテンツの代表であった昆虫が、意外にイケる、エコな食材として価値あるもの、という取り上げられ方に変わっていたのである。
特にここ3~5年で普及が急速に進んでいる
さらに一段と国内の身近な生活へ普及し始めたのは、3~5年ほど前からである。2018年頃から国内に新しい昆虫食関連事業者が増加し、2020年には無印良品からコオロギせんべいが発売され、通常のお菓子と変わらない価格で店頭に並んだ(写真)。
その翌年からは、スーパーや百円ショップ、ドラッグストアなどの身近な店にも、コオロギを使った食品が発売されるようになった。昆虫食品を販売する自動販売機も、2020年頃から国内各地域へ普及しはじめた。
こういった普及とともに、昆虫の食利用の報道は、これまでいくつもあった。しかし、いずれも大きな反発はなかった。昆虫食に関するウェブ記事も、盛り上がった場合でもコメントはせいぜい数百件程度に留まっていた。
炎上の瞬間
それが、2月19日に掲載された記事*2では様子が違っていた。
掲載された次の日には、既に1000件を超えるコメントが付いており、1日経つごとに増加していった。この事態を目にし、筆者も驚いた。昆虫食の記事に対してここまでコメントが付くことは、かつてないことだった。次の週には、さらに事態はヒートアップし、その後の記事では1000件を超えるコメントが付くものも多数散見されるようになった。
なぜこのようなことが起きたのか。昆虫食事業者らの責めに帰すべき事柄があったのだろうか。それともいわれなき風評被害なのだろうか。
炎上が起きた原因を探る
今年の2月以降、50件を超える数の昆虫食に関する記事が掲載されたが、コメント数が4000を超える昆虫食関連記事は、上記2月19日の記事が初である。コメントに目を通してみると、コオロギを食べることに否定的なものが非常に多い印象である。
批判の多くは、食品流通や環境問題、公的支援に対する知識不足や誤った情報に基づいたものだ。この記事を詳しく読み解くことで、炎上のきっかけを探ってみたいと思う。
まず記事の内容を見てみよう。この記事の内容は、昆虫食を嫌悪する現状とデータ紹介から始まり、コオロギ養殖事業が進んでいる現状やその背景が紹介され、昆虫に抵抗感をもつ理由や、昆虫を受け入れるための条件を専門家へ取材した上で話を結んでいる。誤った内容、煽るような表現は無いように感じられる。
では、なぜたくさんの人々がコメントをつけたのか。コメントの分析をしてみよう。
先ほど述べたように、筆者が確認する限りは、多くが昆虫食に対して否定的なコメントである。そして、その中で見られる「食べたくない」「気持ち悪い」といった、虫に対する否定的な感情は、かねてから言われてきたものであり、何ら驚くに値しない。
今回が異なるのは、牛乳の需給バランスの問題といった昆虫とは異なる食料問題、あるいは安全性や普及しない理由についての具体的な言及が非常に多くあることだ。
垣間見えるコオロギ食・昆虫食に対する「怒り」
ユーザーローカルAIテキストマイニングにより分析にかけたコメント*3のうち、ネガティブなコメントは38.5%、ポジティブなコメントは4.9%であった。ポジティブが非常に少ないのは筆者の感覚と同様だ(図)。
出現した単語に関して、スコアの高い順に動詞を並べると、特徴的な「受け入れる」「広める」といった単語が上位に来ている。形容詞はさらに想像がつきやすく、スコアトップから5ワードは順に「獲にくい」「貧しい」「根強い」「胡散臭い」「受け入れやすい」である。
これらのことから、コメントしている人達は昆虫食の「受容」や「普及」に関して言及しているだけでなく、これに対して不信感を持っているように見受けられる。このテキストマイニングは感情分析の評価もある。今回分析したコメント全体の感情の傾向として、怒り76%と喜びや悲しみ、恐れなどを差し置いてトップであった。
コメントした人たちの多くは怒っている。実は、筆者もコメントを読むなかで、そういう印象は少なからず感じた。それは、国の対応やコオロギ食の広まりに対し怒っているという印象である。
単なる風評被害か
一方で、今回の記事で取材をしたライター、取材対応をした専門家、紹介されている昆虫関連事業者は何も炎上の原因を作っておらず、一見すると突如怒りのコメントが大量についた印象になる。降ってわいた風評被害のようだ。
今回の記事を含めた一連のコオロギ食に対する炎上は、思わぬとばっちりだったと判断するのは容易だ。しかし、昆虫に対する「気持ち悪い」「食べたくない」「安全性に不安がある」といった感情を抱く一般層が、昆虫に対し不信の目で見ていることが明らかになった。こういった不信感が露呈したことを、昆虫食の普及を目指す各種団体は真摯に受け止めなければならない。
昆虫食品を販売する各事業者の多くは、自己の商品についてはもちろん、昆虫食全般に関するイベント開催やSNSの活用などにより、一般の人たちへの情報発信を積極的に実施してきた。しかし、情報発信をすれば信頼関係が築けるものでもないことが、今回の件で明らかになった。
「欠如モデル」で信頼は得られない
今回の炎上は、「新しい科学技術が、社会へ導入されていく際に生じるトラブル」とよく似ている。新しい社会通念が人々の納得を得ていくためには、普及を進める側と人々との双方向型のコミュニケーションが欠かせない。
「人々に必要な知識を与え続けることで、人々の受容や肯定度が上昇する」という考え方は、すでに1990年代より「欠如モデル」としてその限界が指摘されている。昆虫食に関する正しい知識や成果を発信するだけでは、普及することはできないのである。
欠如モデルの批判と分析は英国で進んだが、日本でもこれを受けて2007年前後から技術と一般社会をつなぐ双方向のコミュニケーションが重視されるようになってきている。
昆虫食を取り巻く環境整備は、2020年から大きく進んだ。政府主導での昆虫食推進に向けた分科会が設置されたほか、事業者団体による食用コオロギ生産のガイドラインが制定され、前述の無印良品を手がける良品計画など、他分野の大手事業者との連携も進んだ。
ただ、いずれも昆虫食に関わるサービスを提供する事業者間での情報共有と、昆虫食関係者への一方的な情報発信に限られてしまっていることは否めない。
コロナ禍で減少した双方向のコミュニケーション
ひざを突き合わせた一般市民との対話は、一見地味ではあるが、昆虫食に対する人々の信頼と理解を支え、太い根を張っていくことになる。新しい技術や社会通念の導入を目指す側は、さまざまなコミュニティの中へ入り、対話していくことが望ましい。
具体的な活動例を紹介すると、例えば昆虫料理研究会(現在はNPO法人昆虫普及ネットワーク)では代表者が中心となり、さまざまな地域で毎月のように試食イベントを開催し、参加者に広く昆虫料理の美味しさや楽しさを伝える活動をしてきた。
昆虫食品を販売するTAKEOも、実店舗やオンラインで一般向けにさまざまな昆虫イベントを開催しており、参加者と対話する試みを続けている。
我田引水になるが、筆者の所属するNPO法人食用昆虫科学研究会は、昆虫食とは無関係なさまざまな人々が集まるイベントへ毎年出展してきた(写真)。そこでは、顔をしかめて去っていく人にもアンケートに協力してもらい、否定的な人の意見を聞く機会を積極的にとり、結果をもとに次の対話に生かす試みもしている。
しかし、コロナ禍もあり、この3年間は急速に対話する機会が減ってしまった。コオロギ養殖技術のちょうど社会実装に向けた動きが急加速した時期に重なる、運の悪いタイミングだったといえる。
逆転した同調圧力
昆虫食に関する華々しい成果が報道されていく一方で、人々の不信や疑問が放置されてきた。この3年間において一般社会との間に解離が生じていることが垣間見えた事件であったと思う。
そして、10年前とは真逆に、いつの間にか「昆虫はよいものである、食べるのがふつうである」という同調圧力を、昆虫食を嫌がる一部の人々は感じたのかもしれない。そう思って今回の記事を見返してみると、「根強い拒否反応 なぜ受け入れられない?」という記事タイトルは煽りでないものの、昆虫食に拒否感を示すことが悪いかのような印象を持った人もいたと思われる。拒否反応を示す人がいてもよいし、昆虫食を好む人がいてもよいはずなのに。
ともあれ、今回の反響の多さは、コオロギをはじめとする昆虫食がより広く、より深く認知されていくきっかけとなった。
昆虫を食べるのは嫌だ、好きだ、と言える環境は、互いが共存していく社会をつくるため重要である。コオロギを食料にする必要性がない、と言うことももちろん構わない。対話の先に、何が足りないのか、見えてくるものがあるはずだ。
人々との健全な対話の場が形成され、さらに昆虫食への理解が深まっていくことを大いに期待したい。
*1:FAO Forestry Paper 171: Edible insects – Future prospects for food and feed security
*2:J-CASTニュース「『昆虫食』市場急拡大も…根強い拒否反応 なぜ受け入れられない?識者に聞いた理由と打開策」
*3:コメントをテキスト抽出し、そのうち「いいね」を押された数の多い順に120件を分析した。
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