【韓国のファンタジー】 韓民族に限定せず多民族自主史観により韓国史の正常な姿を再構成した『大韓国史』

【韓国のファンタジー】 韓民族に限定せず多民族自主史観により韓国史の正常な姿を再構成した『大韓国史』

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【韓国のファンタジー】 韓民族に限定せず多民族自主史観により韓国史の正常な姿を再構成した『大韓国史』

1: 蚯蚓φ ★ 2021/05/01(土) 15:54:25.33 ID:CAP_USER
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▲東国歴史共同体、濊貊・鮮卑・粛慎(訳注:地図内の文字は東国(青)北国(緑)中国(黄)西国(赤)。濊貊等の文字はなく東国に含まれる。)
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▲『濊・鮮・粛 大韓国史 古代・中世編』/パク・チニョン著/352ページ、2万ウォン

韓国史古代・中世を興味深く再構成した本だ。著者は単一民族という閉鎖的信頼から脱して韓国古代・中世史の主体と空間を濊貊(イェメク=わいばく)・鮮卑(ソンビ=せんび)・粛慎(スクシン=しゅくしん)の東夷3族大韓国史に拡張した。

著者は「光復70年が過ぎるまで韓国史の確立に失敗した主流歴史学界に代わって韓国史の正常な姿を再構成した」と言う。韓国史は古代史、中世史、近代史、近代史、現代史の5段階で構成される。これら歴史の層はお互いに影響しあう単一体積関係にある。

ところが不幸にも中国の圧力や文化的従属により歴史の主体と空間が濊貊と韓半島に最小化されたというのが著者の主張だ。ここに日帝植民史観の歴史縮小工作が加わって今まで困難で浅はかな姿を抜け出せずにいるという。

著者によれば濊貊・鮮卑・粛慎の東夷3族は空間的に分離できない歴史共同体の道を歩いてきた。古朝鮮の本流である濊貊は扶余、三国、渤海、高麗の脈を引き継いで鮮卑・粛慎の成長を助けた。東夷3族の求心点になった扶余と高句麗帝国に続き粛慎(靺鞨)と連合して渤海帝国を建設した。

鮮卑は5燕、北魏帝国、契丹(遼)帝国をたてて中原の覇者になった。古朝鮮の後えいを自任した契丹は八條法の慣習と伝統を守ってきた。粛慎は挹婁、勿吉、靺鞨、女真、満洲族の系統を引継いで金、清国をたてた。女真の「金史」はその始祖・函普(かんぷ)が高麗からきたといい、清の乾隆帝は「満州源流考」で金、清の始祖が新羅系という。

中国と日本は自分たちの歴史を誇張するためにいつも韓国を犠牲にしてきた。中華史観と植民史観の実体がそれだ。中華人共は1990年代以降、歴史工程を通じて韓国史を韓半島内部に閉じ込めるために事実の歪曲だけでなく操作までも辞さなかった。渤海を中国の地方政権と見なし万里の長城が平壌(ピョンヤン)から始まったなど非歴史的主張を広げている。

帝国主義の植民支配イデオロギーである日帝植民史観(皇国史観)は楽浪、平壌説を操作し任那日本府が三国を植民地支配していたという虚構的主張を通用させた。

著者は歴史認識の枠組みを変えるために韓国史現代化作業に乗り出し、その第一歩として濊貊・鮮卑・粛慎の東夷3族で韓国史の地平を広げた。これを通じて数千年の小韓国史の鎖を解いて先進大韓民国にふさわしい大韓国史に進む。

著者が古代・中世史で一番最初にぶつかった難関は歴史の主体と空間をどのように設定するかであった。中華人共は自国領土中で起きた歴史は全て自国史という空間中心的思考を有している。五胡時代(304~439)後、累積1千年の歳月の間、異民族の支配を受けた中国(漢族)としては仕方のない選択でもある。

異民族を否定したら多民族国家である中華人共の存立自体が脅かされると見て数千年間続いた中華主義を断念したのだ。これに対し1990年代以降の様々な形の歴史工程を推進し過去、蛮夷と蔑視した周辺異民族を自分たちの歴史主体と空間に引き込んだ。

一方、私たちの歴史学界の場合、歴史の主体を韓民族に限定して空間もやはり韓民族の活動舞台に狭めたと著者は話す。これは過去、中国という強大国の顔色を見ないわけにはいかなかった現実、それと共に私たち自ら中華秩序に盲従した伝来の歴史観を踏襲した結果という。

著者は韓半島を含む中国の土地の歴史は種族的、文化的、地理的に西国、北国、中国、東国の四区画に分けることが合理的だと結論した。これは歴史継承者の存在でも確認できると強調した。西国の継承者はチベット、ウイグルで、北国はモンゴル、中国は中華人共と台湾、東国は韓国だ。このうち、西国の分離独立という課題を抱えて歴史区画が未決な状態だ。

イ・ホジュン記者

韓国毎日新聞(韓国語)
https://news.imaeil.com/NewestOpinion/2021042715314739087


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