あわせて読みたい
「バカかお前は!」新幹線で突然キレた中年サラリーマン…鴻上尚史がそれを見て気づいた「日本人の悪癖」
🤔 場の空気は読める?
「1個でよろしいですか?」「1個って、言ったじゃないか! 話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」
新幹線の車内販売のお姉さんに突然キレた中年サラリーマン。それを垣間見た鴻上尚史は何を思ったのか? 鴻上さんが週刊SPA!で連載した「ドン・キホーテのピアス」から、選りすぐりのエッセーを集めた『世間ってなんだ』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
過剰なガンバリとキレる大人たち
仙台にワークショップ(表現のレッスンみたいなものね)に行ったのですが、帰り、東北新幹線の中で、隣に座ったサラリーマンの人が、ワゴンを押してきたお姉さんに、「××、1個ちょうだい」と声をかけました。「××」は、よく聞き取れなかったのですが、たぶん、沿線の銘菓だと思います。
お姉さんは、「はい、××、1個でよろしいですか?」とおうむ返しに言いました。その途端、「1個って、言ったじゃないか! 話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」と、そのサラリーマンの人は叫びました。
僕はびっくりして、体がびくんとしました。お姉さんは、「すみませんでした」とすぐに答えて、「あいにく××は、今、切らしておりまして、後でお届けします」と答えました。サラリーマンの人は、「あ、そう」とだけ返しました。
僕は、ちらりとサラリーマンの顔を見ました。普通の中年の男性でした。
あのお姉さんは、ストレス溜まっただろうなあ、どこかで吐き出すのかなあと、僕は心配しました。
それにしても、普通の人が、突然、「キレる」瞬間に立ち会うと、ドキドキするもんです。
朝日新聞で、「キレる大人たち」という特集をしていました。
それには、「暴行犯行時の年齢別検挙人員の推移」という警察庁の統計が引用されていました。
“警察庁によると、暴行の動機は各年代とも「憤怒」、いわゆる「キレ」が最も多く、8割前後を占める傾向に変わりはない。しかし、1998年から2006年までの推移をみると、10代がほぼ横ばいなのに20代以上は軒並み増加。60歳以上は約10倍、30代と50代が約5倍と大幅に増加し、実数でも中高年の増加が目立つ”
と、解説されています。
統計グラフでは、断トツの1位が検挙数約5000人の30代、次に20代、50代、40代とほぼ同じ数が続き、なんと10代は最低の水準、30代の3分の1以下の1500人ほどなのです。
んで、記事に登場するメンタルヘルスの専門家は、「今の職場はかなり抑圧され、一種のあきらめムードが漂っている感じがする」と指摘し、「職場で溜めた不満を、地域や公共の場で爆発させているのではないか」と、不満の対象と怒りをぶつける対象とのズレを特徴にあげています。
新幹線のサラリーマンがキレた時に言った「話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」という言葉は、じつは、僕は聞きながら、「この言葉はとてもスムーズだ」と感じました。つまり、何回も言い慣れている言葉だと思ったのです。
口癖は、いつも同じ口の形、同じ息の使い方をしますから、だんだんと慣れて、抵抗なく言えるようになります。つまりは、言葉の抵抗感が減るのです。
で、このサラリーマンは、ワゴンのお姉ちゃんに怒りながら、じつは、職場の誰かに怒っているんじゃないかと、僕は感じたのです。
で、思うのはね、なんだか、切ないよね、ということなのですよ。
日本人は「ちゃんと働き過ぎ」
僕はここらへんのことを、「気配りのファシズム」とか、「空気を読めというファシズム」と呼んでいるのですが、日本人はみんな、ちゃんと働き過ぎなのです。
ただの働き過ぎじゃないですよ。「ちゃんと働き過ぎ」だと思っているのです。ただの働き過ぎだと、ダラダラと働いて、適当にストレスを発散できるかもしれません。でも、「ちゃんと働き過ぎ」ると、どんどんとストレスが溜まるのです。
で、昔と違って、労働運動とか組合とかがどんどん弱くなっていますから、仕事の不満を仕事場で出せなくなっているわけです。
僕のエッセーを読んでくれている人なら、みんな知っていますが、世界のどの列車も、日本の列車のように、毎回、ホームの同じ位置にきっちり止まることはないし、そもそも、分厚い時刻表なんてものもありません。
僕が司会をしているNHK BS1の『COOL JAPAN』では、日本のJRの時刻表を見た外国人は、例外なく「信じられない!」と叫びます。1ヵ月の列車の運行が、びっしりと書かれた本が前の月に出るなんてことは、世界的に見れば奇跡です。いえ、冗談でも軽口でもなく。
スペイン人の男性は、「スペインでこの時刻表を作ろうと思ったら、8月分の時刻表を作るのに、8月丸々1ヵ月かけてもできないね」と普通の顔をして言ってました。
これはひとつの例ですが、とても象徴的な例で、僕たち日本人は、職場のいろんな空気を読んで、本当にきっちり働くのです。
でもね、きっちり働き過ぎると、やっぱり人間ですから、ストレスが溜まるのです。溜まるのに、きっちり働き過ぎてるから、職場では怒れないのです。
やっぱり、日本人は、世界的にどう見ても、「ちゃんと働き過ぎ」なのです。
自殺者も、先進国の中で断トツの1位、ずっと3万人(1998~2011年)を超しています(その後はずっと2万人を超しています)。
なんだか、気がついたら、とっても住みにくい国になっているようです。
んでもね、人間が作り上げたものだから、人間がなんとかできるって、僕はものすごくシンプルに思っているのです。
そのためには、まずは、「ちゃんと」しなきゃいけないものと、「ちゃんと」しなくてもいいものを、分けることだと僕は考えています。で、ちゃんとしなくても大した問題にならないものは、ちゃんとしないし、問題にもしないことが大切なんだと思っているのです。
なんでこんなことを言い出しているのかといえば、「みんな息苦しいでしょう? 僕も息苦しいし、あなたも息苦しい。この国は知らないうちに、ものすごく息苦しい国になっちゃったんですよ。それも、みんながサボッたからじゃなくて、ガンバッてしまったからね。だからさ、息苦しさを加速する過剰なガンバリをみんなでやめませんか?」ということなのです。
その昔、「なにがなんでもさ、バカンス、取りましょうよ。日本国民全体がさ、どどーんと1ヵ月ぐらいのバカンス取っても普通だよって思われる国になりましょうよキャンペーン」以来の発言です。
こっちの運動も地道に続けてるんですけど、この「過剰にちゃんとするのやめましょうキャンペーン」も切実だと思っているのです。
通訳さんに怒られるなんて!
ま、僕がこういうことを考えるようになったのは、この欄で何度も書いているNHK‐BS1の『COOL JAPAN』の司会を始めたのが大きいのです。
2006年、フランスで、日本文化の祭典、Japan Expoに番組として参加した時のことです。
日本文化が好きなフランス人にたくさんゲストとして参加してもらいました。
彼ら・彼女らと一緒に、日本文化を語っていたのですが、やっぱり、アニメの話なんかで興奮すると早口になります。
会場には、観客としてのフランス人も大勢いたので、同時通訳ではなく、逐次通訳、つまり、日本語を話して、それがフランス語として会場に流れ、で、また日本語でしゃべる、という流れになりました。
経験ある人だと分かると思いますが、ちょっとしゃべって、通訳されるのを待ってまたしゃべる、というのは、無茶苦茶ストレスがたまります。早く次を言いたいのに、強制的に待たないといけないからです。
で、どうなるかというと、だんだん、通訳の時間を待たないで、フランス語が場内に流れている間に、次を話してしまいがちになるのです。常に、フランス語にかぶり気味に話すということです。当然、通訳の人は、いつも急かされることになります。
司会席の正面が通訳ブースだったので、ふうふう言いながら通訳している日本人通訳さんが見えました。彼女たちは、あきらかに悲鳴を上げながら、必死で通訳してくれていました。
と、フランス人の男性通訳が突然、通訳をやめて、「ちょっと待ってよ! しゃべるの早すぎるよ! まだこっちは、訳してるんだから!」とフランス語訛りの日本語で叫んだのです。
僕はア然としました。生まれて初めて通訳さんに怒られるという経験でした。
叫んだ中年男性は、「まったく許せない」という顔をして、こっちを睨んでいました。僕は思わず、「すみません」と謝りました。
横の日本人の通訳さんたちは、苦笑いしながら、それでもホッとした顔をしていました。それは、「この状態を誰かが止めてくれないかなあ」とずっと思っていたという顔でした。
「無理なものは無理って言うのは、大切だよなあ」
怒られながら、僕は内心、「そうだよなあ」と思っていました。
「国際紛争を解決する緊迫の通訳じゃないんだから、無理なものは無理って言うのは精神衛生上、大切だよなあ」
僕たちは真面目なので、放っておくと、余計な所で過剰にガンバリます。
出張や旅行のたびに、義理でおみやげを買ってくる、なんてのは、間違いなく、「ちゃんとしなくていいこと」のひとつだと僕は思っています。
「時間があいたから、じゃあ、買って帰ろうか」ならまだ分かりますが、現地での時間をかなり無理して、義理みやげ買いに奔走するなんてのは、「息苦しさだけを加速するガンバリ」だと僕は思っているのです。
でも、一人だけがやめると、周りからなに言われるか分からないでしょう。だから、バレンタインデーの義理チョコみたいに、みんなでやめることを普通にすればいいのです。
沢尻エリカさんは実に惜しかった
僕は沢尻エリカさんのつっぱり方(2007年9月、主演映画の初日舞台挨拶で、司会者の質問に不機嫌そうに、「特にないです」「別に」と受け答えしたことが広く伝わり、バッシングを受けた)は実に惜しかったと思っています。
テレビを見ていると、本当にくだらない質問をする人はいます。そういう質問に対してまで、ニコニコして答える必要はないんじゃないかと、普通の視聴者は思っています。
だから、例えば作品とは関係のない恋愛の質問だの沢尻会(沢尻さんを中心とする仲間の集まり)だのの話に関しては、徹底的に無視したり不機嫌を貫けばいいのです。
けれど、上映初日という仕事の根幹の場所で、作品に対する思いに関しては、どんなに虫の居所が悪かろうが相手が嫌いだろうが、観客に誠実に語らなければいけません。それが仕事というもので、そこは、ちゃんとしないといけないのです。
けれど、作品とは関係のない沢尻会の質問には、ちゃんと答えなくていいのです。
それが、自分を貫くということだと思うのです。
唐突な例でいえば、僕は、御祝儀にはピン札でなければいけないと必死で新札を集める努力が、「過剰なガンバリ」で、こんな小さなことも、いろいろ積み重なって日本全体を息苦しくしていると思っているのです。
「とにかく、死んでこい!」鴻上尚史が語った「ブラック企業」と「特攻隊」の残念な共通点 へ続く
(鴻上 尚史)