眞鍋氏でなくても、現在の日本で研究者が自由に研究に打ち込むことは難しくなって来ているのは事実だ。日本でそんな違和感を抱え、私は韓国という新天地を選んだ。
今の給与の1.7倍払うので、サムスンで素材開発をしてほしい
2010年当時、私は国内大手材料メーカーで研究者として勤務していた。
朝から雨が降っていたある日、総務課経由で私宛に外線が入っていると連絡があった。いぶかしがりながら回送されてきた受話器を取ると、それは怪しいヘッドハンターからの電話だった。
当時は日本社会全体としてエンジニアの転職(引き抜き)が活発であった時期であり、私も以前から同じような勧誘は何度か受けたことがあったので、特に驚きはしなかった。私はいわゆる古いタイプの会社員であることを自覚している。定年まで勤め上げるのが当たり前、転職には全く興味がなかったし、むしろ転職していく元同僚を憐れんでいた方ですらあった。「怖いもの見たさで、一度くらい話を聞いてみるのもいいか。酒の席で話のネタになるかな……」などと思い、その人と自宅近所の駅の喫茶店で会うことにした。
初回面談の内容はこんな話だった。「サムスンで素材開発を行ってほしい」「あなたの特許出願内容を見て声をかけた」「来て頂けるなら給与は現行の1.5倍出す」と言う。それまで勤めていた会社で心身ともに少し疲れていたタイミングだったこともあり、提示された年棒と残りの会社員人生の期間をあざとく計算しつつ、再度面談するということで一旦別れた。
2回目の面談では、給与は現行の1.7倍に上がり、より具体的な職務内容が提示された。しかしこれまでのキャリアや人脈を捨て、日本を出て韓国にある研究所へ移籍することになるのだ。身軽な単身者とは言え、そうは簡単に決められない。