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【韓国】 尹大統領がペロシ米下院議長に会わなかったのはなぜか?ツラすぎる真相
牧野 愛博 朝日新聞外交専門記者
米下院のナンシー・ペロシ議長が3日、台湾で蔡英文総統と会談をしているころ、ソウルの外交団でざわめきが広がっていた。「尹錫悦韓国大統領がペロシ議長と会わないらしい」という情報が流れ始めたからだ。
ペロシ氏が日韓など4ヵ国の訪問日程を発表したのが7月31日。ソウルの外交筋によれば、同氏のアジア歴訪の話が持ち上がった頃から、韓国政府は「尹大統領がペロシ議長と会談するのは間違いない」と説明していた。尹氏自身が「私がペロシに会うことが、韓米同盟を重視するメッセージになる」と周囲に語っているという話も伝わっていた。大統領自身が会談に意欲を示していると受け止められ、会談は既定路線という雰囲気だった。
●ペロシ訪韓を華麗にスルー?
結局、ペロシ氏は3日夜に韓国に到着したが、韓国政府の出迎えはなかった。4日は、ペロシ氏と尹氏の対面での会談はなく、代わりに電話会談が行われた。韓国政府は、尹氏が夏季休暇であったことを理由に挙げ、米韓で十分に連絡を取り合い、調整した結果だと説明した。
ただ、米韓関係筋の1人は「バイデン政権のナンバー3であるペロシ氏に会わなかったのは米韓同盟にマイナスだ」と語る。韓国は文在寅政権も2017年5月の発足直後、文氏との会談を希望したマケイン米上院議員との調整に手間取り、米政府から「トランプ政権ナンバー3であるマケイン氏の会談要請を、すぐに受け入れないのは理解に苦しむ」という声が上がった
文氏は同年6月末に初めて訪米した際、マケイン氏との会談日程を入れるなど、後始末に追われた。尹錫悦陣営は「文在寅政権が韓米関係を破壊した」と批判してきただけに、結果的に、文政権と同じ失敗を繰り返すことになった。
どうしてこのような失敗に至ったのだろうか? 米韓関係筋の1人は「低支持率が原因だ」と語る。韓国世論調査会社リアルメーターが8月8日に発表した尹錫悦大統領の支持率は29.3%。政権発足から3ヵ月も経たないうちに支持率3割を割り込むことになった。不支持は倍以上の67.8%にも上る。
国家安保室など外交分野の側近たちは、ペロシ氏との直接会談を進めようとしたものの、政治分野の側近たちが「これ以上、支持率を下げる可能性がある動きは控えた方が良い」と進言し、最終的に、折衷案として電話会談に落ち着いたという。
韓国では保守支持層のなかにも、中国の安保・経済両面でのハラスメントを警戒する人々が一定数いる。尹政権の決断は、表面上は「中国に配慮した行動」のように見えるが、実際は「支持率の急落に歯止めをかけるための苦渋の決断」というのが真相だったようだ。
●支持率急落と尹大統領の失言癖
それにしても、なぜこんなに低支持率にあえいでいるのか。韓国メディア幹部は「与党陣営の内紛もあるが、一番大きいのが尹大統領の失言癖だ」と語る。尹氏の発言が、不必要に国民感情を刺激したり、政策の迷走ぶりを印象づけたりしているというのだ。
人事を巡るぶら下がり質問に対して「文政権時代に長官に指名された人間で素晴らしい人がいたのか」と語り、野党の猛反発を招いたほか、世間からも「品がない」という批判の声が上がった。政権幹部らも、ぶら下がりのやり取りの危険性を意識しているようで、記者団とのやり取りが短くなったり、7月には新型コロナウイルスの流行を理由にぶら下がりを一時中止したりしている。
そもそも、なぜ尹氏に失言が続くのか。尹大統領の政治家としての経験が不足している点もあるものの、そんな政治家は世界にいくらでもいる。問題なのは、「記者団とのやり取りはすべてガチンコ」という韓国文化がある。
尹大統領は「国民との意思疎通」を目標に掲げ、それまで外遊時を除けば、年1回程度だった大統領の記者会見スタイルを変更。大統領執務室への出勤の際、記者団とのぶら下がりに応じるようになった。このスタイルは保守系・進歩系問わずに一定の評価を得ている。ただ、ぶっつけ本番で質問が飛んでくるため、当意即妙で中身のある回答ができない状況に陥ることが多いようなのだ。