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清原和博「覚醒剤も自分でコントロールできると思っていました。でも無理でした。負けました…」
清原は一つ目のアイスコーヒーを3分の1ほどひと息に飲み干すと、西側の窓の下を指した。
「あそこにほら、亀がいるでしょう。最近、飼い始めたんです」
そこには小さな水槽があった。浅く敷かれた砂利が浸かる程度に水が張られていた。都心の高層マンションにつくられた人工の水辺には、掌にすっぽりと入るくらいの亀が数匹這っていた。
「日本古来の石亀らしいです。令和になった日に生まれたから縁起がいいって、知り合いがくれたんです」
その亀たちの甲羅は何年も土に眠っていた石器のような色をしていた。
「岸和田の実家のすぐ前にため池があって、小さいころはそこでよくザリガニを釣っていました。ぼくが行くといつも亀が日向ぼっこしてるんですけど、少しでも人の気配がすると、あっという間に池の中に逃げていく。ぽちゃん、ぽちゃんって」
清原は亀たちを眺めながら昔のことを話し始めた。水槽の水は透き通っていて、よく手入れされていることが分かった。
「あのころは、なんて臆病な奴らなんやって呆れていたんですけど、いまはそれでいいと思うんです。デッドボールをぶつけられても逃げないのがぼくの誇りでしたけど、逃げてよかったんだって……そう思えてくるんです」
略
「ぼくね、野球人生で一度も代打を送られたことがないんですよ。どんなピッチャーがきても打てる自信があった。だから覚醒剤も自分でどうにでもコントロールできると思っていたんです」
清原は冊子に目を落としている私に言った。
「でも無理でした。負けました……」
その問わず語りを私は黙って聞いていた。
それから清原は立ち上がって、テレビの脇にある棚のほうへと歩いた。何段かに分かれた棚の一番上にはひとりの女性の写真が飾られていて、その脇には水の入った椀が供えてあった。
「いまは朝起きたらお母さんの写真に手を合わせて、水を替えて、それから一日を始めるようにしているんです」
亀からデッドボールからの覚醒剤て