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【芸能】鼠先輩、“ぽっぽ”から14年。新曲の裏に「失敗も成功も含めた集大成が“今”なんです」
「僕を“二発屋”にさせてください」「もう一度、男にさせてください」
そう言って、かつてお世話になった知人や仕事関係者に頭を下げる。その人は、タレント・歌手の鼠先輩(49歳)である。現在、マネージャーはついておらず、今回の取材の段取りや各メディアとの調整も本人が行っていた。
2008年、“ぽっぽ”のフレーズで歌謡曲「六本木~GIROPPON~」が大ヒット。その後、テレビで見かける機会はなくなった。自他共に認める、いわゆる“一発屋”だ。あれから14年の月日が流れ、今度は“ピピポ”のフレーズを携えて、6月18日(土)に新曲「ありがとさん」「ピピポ体操」をリリースするのだとか。満を持して、再び世の中に出ていこうとする理由とは?
35歳でメジャーデビュー以来、干支が一周まわっても「鼠先輩」としてしぶとく生き残ってきた。「好きなことをやろう」とは古くからよく聞く言葉だが、実際に続けることは簡単ではない。そこには、鼠先輩ならではの人生哲学があったのだ——。
◆コロナ禍で収入ゼロに「何ができるのか、何をやるべきか」
「本当は2020年の“ねずみ年”に再ブレイクを狙って準備していたんですよ。そこで新曲を出せるという話もあったのですが、結局はコロナ禍で計画が崩れた。仕事を失って、収入もゼロになって。やることがなくなって、時間だけが有り余っているなかで自分と見つめあったんです。自分に何ができるのか、何をやるべきか……」
コロナ禍でイベントやコンサートの中止が相次ぎ、エンタメ業界の火は消えつつあった。
「まわりがどんどん元気がなくなって、歯痒い気持ちだった。エンタメは“不要不急”と言われていたけど、やっぱり絶対に必要だと感じた。今だからこそ、エンタメのパワーを届けたいと思って」
悩んだ末に、湧き上がってきたのは「自分は“歌手”である」「もう一度曲を書いて、みんなに喜んでもらいたい」という思いだった。
◆「自分は“歌手”である」知人や仕事関係者に頭を下げて…
とはいえ、現在は事務所に所属せず、フリーランスで活動する鼠先輩。作詞作曲やミュージックビデオの制作まで、すべて“自作自演”だったと話す。
「もちろん自腹なのですが、途中で資金が底を尽いてしまって。家のお金も無くなってしまったので奥さんにも怒られましたね。ただ、なんとか実現するため、知人や仕事関係者に頭を下げて協力してもらいました。ミュージックビデオの撮影場所は普段からお世話になっている飲み屋さんなどを無償で貸してもらい、出演者の方々にもノーギャラで快諾していただきました」
完全なセルフプロデュースとなるが、プロの歌手になる以前、映像制作会社など、様々な職を転々としていた。失敗も成功も含めて“いち社会人”として働いてきた経験が活かされているという。
前回ヒットを飛ばした「六本木~GIROPPON~」から14年も時が経っている。2009年に芸能界を引退、翌年から活動を再開させているが、現在までの間に再ブレイクを目指そうとは思わなかったのか。
「僕は売れっ子のアーティストではないので、中途半端に曲を出しても売れないのはわかっていたんです。やっぱり、タイミングが大事だと思っていて。つまり、それが2020年のねずみ年だったんですけどね。だから、曲の原型は前からあった。それにコロナ禍での思いをメッセージとして込めた。
世界中で外出自粛、ロックダウン。人には簡単に会えない状況になって。新曲『ありがとさん』は、好きな人に会えない、男女の恋心を歌ったものなんです。一方、『ピピポ体操』は宇宙人が地球にやってきて、“ピピポピポパポピー”という呪文でコロナウイルスをやっつけていく。もしもねずみ年にリリースしていたらぜんぜん違う曲になっていたと思いますね」
◆小学生の娘がマネして歌っていた
「ふだんから適当なメロディーや歌詞をつくって家で口ずさんでいるのですが、小学生の娘がお風呂でマネして歌っていたんです。思わず『さっき歌ってたでしょ?』って確認すると、本人は『ち、違うよ!』と否定するのですが、これは耳に残るから良いんじゃないかと。子ども向けにウケると確信したんです。それで『ピピポ体操』から始まって、僕はムード歌謡歌手なので、大人向けもつくりたいと思って。『ありがとさん』が生まれました」
今回の「ピピポ体操」には英語バージョンもあるが、「そりゃジャスティン・ビーバーにシェアしてもらうためですよ!」と鼠先輩。
2016年、ジャスティン・ビーバーが日本のお笑いタレント・古坂大魔王によるピコ太郎の「PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen Official)ペンパイナッポーアッポーペン」をお気に入りの動画として紹介。すると、瞬く間にYouTubeの再生回数は1億を突破し、ピコ太郎は世界中で知られる存在となったのだ。SNSの時代、どこで火がつくかわからない。
果たして、鼠先輩は世界の「Nezumi Senpai」になれるのか……!?
◆「人生を楽しめる人と楽しめない人の差がひらいていく」
今、不安定な社会情勢のなか、仕事に対して気持ちが滅入っている人も少なくない。給料やボーナスの大幅カット、最悪の場合は解雇などもあり得る。正直、辞めたくもなるだろう。先行きが見えないなかで不安は募るばかり。
鼠先輩は14年前に大ブレイクしたのち、テレビからは姿を消した。それでも「なんとか“ぽっぽ”(営業)で食べてきた」。コロナ禍の影響で一時は仕事の機会を失ったが、植木屋でアルバイトをしながら新曲を準備した。現在はイベント出演などの依頼も戻りつつある。紆余曲折ありながら49歳となるまで「鼠先輩」として逞しく生き残ってきたのだ。
そんな鼠先輩から激動の時代を乗り越えるヒントが見つかるかもしれない。まずは、仕事に対する心構えをうかがった。
「僕は、全力で働いて、全力で遊んで、全力でダラダラする。とにかく何でも楽しむことが大事なんです。同じことをやるにせよ、自分が楽しんでやらないと誰もついてこない。人には与えられた役割があると思いますが、そこでいかに自分が楽しむか。好きなことをするためには、嫌なこともしなければならない。それをわかったうえで楽しむ。嫌々で仕事をするなんて、時間がもったいない。もっと真剣に楽しまないといけないんです。
今はSNSを含めてまわりの声を気にする人が多い。でも、自分の気持ちにも耳を傾けてほしい。混沌とした世の中で、人生を楽しめる人と楽しめない人の差がひらいていく。お金があるからと言って幸せなわけではない。だから、僕は“嫌なことでもプラスに考えて生きていく”と若い頃から決めていたんです。たとえば、借金をしてもそれは失敗ではなくて、“経験”と捉える。自分のなかで吸収して次に進んでいけばいい。要するに、楽しんだもの勝ちなんです」
◆まずは目の前のひとりを納得させるために情熱を注ぐ
過去にそれなりの実績を残したとしても誰でも伸び悩む時期はくる。実際には、ほとんどの人が“一発屋”にもなれない現実がある。鼠先輩は言う。
「人生には波があるので、うまくいかない時期もある。逆に言えば、うまくいく時期は必ずくると思うので。最終的にはプラマイゼロになる。だから、苦しいときにずっと頭を抱えていたら損なんです。神様は、人生をそんなに地獄みたいにはつくっていない。じつは、地獄をつくっているのは自分なんです。真面目に考えたら、今の世の中なんて面白くないでしょう。それならば、面白くするのは自分。すべて自分次第なんですよね」
仕事で成功を掴むためには、どうするべきなのか。
「何かしらのプロジェクトをやるにせよ、すぐに“成功する”なんてありえない話。それは、“人を納得させる”ということなんです。そのためには、まずは目の前のひとりを納得させるために情熱を注がなければならない。ひとりを納得させられないと、100人、200人は絶対に無理なので」
◆“今”とは、失敗も成功も含めた自分の経験の集大成
鼠先輩は、人間社会を生きていくうえで人付き合いの大切さを説く。
「よっぽどの天才をのぞき、誰かに協力してもらわないと生きていけない。ひとりでは何もできないんです。だから、とにかく人を大事にして、付き合っていかなければならない。そして僕は、助けてもらった場合は、必ず恩返しをするように心がけています」
しかしながら、人生のあらゆるフェーズにおいて出会う人たちは変わっていくものだ。それは良くも悪くもある。過去の転機を振り返っては、“あのとき、アイツと出会わなければ……”と考えてしまう人もいるはずだ。
「良い出会いもあれば、悪い出会いもある。それでも僕は、すべての出会いに感謝しています。それは“必然”だったんだろうと。自分が楽しくしていれば楽しい人たちが集まってくるし、悪いことばかりしていたら悪い人たちが集まってくる。つまり、自分が楽しくしてまわりを幸せにしてあげないと、自分も幸せになれない。結局は、すべて自分に返ってくる。“今”というものは、失敗も成功も含めた自分の経験の集大成なんです」
これまで“一発屋”であることを自身のネタとして昇華してきた鼠先輩。はたから見れば、“ラクそうに生きている”と思われるかもしれないが、そこに辿り着くまでには、虎視たんたんと下準備を整えながら、たくさんの寄り道もしてきた。その結果が、鼠先輩の“今”なのである。
“ぽっぽ”から“ピピポ”へ。鼠先輩が再び日の目を見て“二発屋”になれるのかどうかは正直わからない。だが、それさえも経験として糧にしてしまうに違いない。
<取材・文/藤井厚年、撮影/長谷英史>
【藤井厚年】
Web/雑誌編集者・記者。「men’s egg」編集部を経てフリーランスとして雑誌媒体を中心に活動。その後、Webメディアの制作会社で修行、現在に至る。主に若者文化、メンズファッション、社会の本音、サブカルチャー、芸能人などのエンタメ全般を取材。趣味は海外旅行とカメラとサウナ。Twitter:@FujiiAtsutoshi