「え、何が起きたの?」“4630万円男”から9割回収 中山弁護士の“鬼手”、何がスゴかったのか

NO IMAGE

「え、何が起きたの?」“4630万円男”から9割回収 中山弁護士の“鬼手”、何がスゴかったのか

「正直、ニュースに登場した代理人の動きを見て、『え、何が起きたの?』とすぐには理解すらできなかったのには驚きました。なかなか、こんな方法は思いつきません」

 溝の口法律事務所の田畑淳弁護士がそう舌を巻くのは、山口県阿武町の「4630万円誤送金」問題で、町側の代理人となった中山修身弁護士の手腕だ。5月24日、阿武町は誤送金した金額の9割にあたる4299万円余りを「法的に確保した」と発表したが、絶望的と思われていた返金がなぜ可能になったのか。中山弁護士が放った「鬼手」を田畑弁護士が解説する。

◆◆◆

 職業柄、こういう事件が起こると、「自分が代理人だったら、どうするだろう」とは、やはり考えます。このケースも、自分でも考えてはみたが、なかなか難航しそうな回収事件で、どこからどうやって回収したのか、当初は見当もつきませんでした。

 報道によると、どうやら国税徴収法の規定を準用し、決済代行業者の口座を抑えたということですが、それにしてもここまで鮮やかな結果が出るものか。少々妬みさえ感じながら条文を繰った弁護士は私だけではないと思います。

「普通の弁護士」が考える方法とは

 では今回のようなケースで普通の弁護士がまず検討する方法は何かといえば、「本人口座の仮差し押さえ」です。今回は、この方法はうまく進まなかったようですが、事情は分かりません。町の意思決定についての事情も考えられます。報道によれば仮差し押さえを申し立てたのは4月下旬だったようですが、この時点では同業者を含め行政側代理人を無能と決めつけ、激しい非難の言葉を投げかける人も大勢いました。

 次に考えられる方法は、「金融機関(銀行)に対する責任追及」です。前出の読売新聞によると町側は「銀行に対して田口容疑者の払い戻しを行わないように依頼する公文書を出した」としています。まだ田口翔容疑者の銀行口座に多額の金が残っている段階で、銀行側は本件の預金の性質と問題について把握していたことになります。とすれば銀行としては何らかの方法で不当な払い戻しを停止する措置が取れたのではないか。

 顧客の属性、取引時の状況その他保有している当該取引に係る具体的な情報からすれば必要と考えられる「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条に規定する「疑わしい取引の届出義務」は履行されていたのか、といった責任を追及するわけです。当職が考えたのもこのあたりでしたが、仮に銀行への責任追及が実るとしても、争いは長期化し、実際の回収は恐らく皆がニュースを忘れた1、2年以上後になっていたことでしょう。

 こうして見ると、この早さで4299万円回収という結果がもたらされたことのスゴさがお分かりいただけると思います。この事件をめぐっては多くの弁護士SNSなどで今後の展開を予測していましたが、実際に中山弁護士がとった方法を予測できた人は私が知る限り、誰もいなかったはずです。

中山弁護士は具体的に何をしたのか?

 では中山弁護士がとった方法とは具体的にどのようなものだったのでしょうか。本件の経緯はつまびらかにはされておらず、想像で補うしかない部分も少なくありませんが、現時点で考える限り、(1)国税徴収法を駆使し(2)決済代行業者に対する(3)やや強引な方法を取った点が想定外であったと考えます。以下まとめてみました。

 多くの弁護士が事前に予想できなかったことのひとつは、国税徴収法67条1項(と地方税法48条1項)という「飛び道具」を使って、滞納税額を遥かに超えた預金債権を差し押さえた点です。国税徴収法とは、滞納者の財産調査や、(1)滞納者と関係する第三者の財産・帳簿の調査が可能(2)滞納税額を超えた差し押さえが可能という強力な権限を発動できる法律です。

 当職も含めて、行政の事件をあまり担当しない弁護士にとっては、慣れない条文ですが、驚くほど強力な規定です。一般人の債権回収について、法改正がなされてもなお「逃げ得」で終わる状況が多いことに鑑みれば、「チートスキル」とも呼ぶべき行政機関のもつ超強力規定だと言えるでしょう。

 今回の場合は田口容疑者が国民健康保険税を滞納していたことで、この国税徴収法を使う余地が生まれたという理屈になります。 

 報道によると「容疑者と(オンラインカジノの)決済代行業者3社が委任関係にあると判断し、業者の口座を容疑者自身のものとみなして預金の差し押さえ手続きを進めた」としています。

 結果的にこの決済代行業者が返金してきたわけですが、国税徴収法により差し押さえ手続きを進めた口座は決済代行会社の口座であり、滞納者である田口容疑者の名義ですら無いわけです。このあたりは「チートスキルをフル活用した手段に出たな」という印象を受けました。

決済代行業者と、海外オンラインカジノの「闇」

 しかし他方で、一部の決済代行業者が、事実上詐欺の片棒を担ぐような取引を行い、消費者を中心とした多数の被害が発生していたことも事実です。

 端的に言えば、いわゆるカード会社と直接の取引を行うことができない怪しげな事業を行っている会社までが、間に決済代行業者を挟むことによってウェブ上での簡単なカード決済を可能にしている、と言う状況です。

 例えばサクラ行為を行う詐欺出会い系サイトが決済代行業者を使っている事例も多く、決済代行業者に返金を求め、会社がこれに応じるケースは珍しくありません。

 2010年時点で内閣府は「決済代行業者を経由したクレジットカード決済によるインターネット取引の被害対策に関する制限」を指摘しています。

 決済代行会社は行政から睨まれたり、カード会社から切り捨てられてしまえば仕事はできません。今回のケースでもこの点を決済代行会社が警戒した可能性はあります。

 また、オンラインカジノについても事実上の国内賭博であるとして、複数の事件で運営者のみならず利用者まで刑事事件に巻き込まれています。端的には「海外に見せかけているが、事業の本体は日本に置いてあって日本の違法カジノである」というケースが存在するわけで、ウェブ上の賭博を想定しない現行法制度との関係では、反社会勢力に収益が流れているという可能性も含め、オンラインカジノは非常に微妙な「日陰の存在」です。

 オンラインカジノの性質にもよりますが、本件が注目を浴び、探られることは、決済代行会社経由で数千万円を払ってでも避けたい状況だった可能性も否定できません。

 実は消費者問題に多少関わることのある当職としては、決済代行会社に関する責任追及も、思い浮かばないではありませんでしたが、国税徴収法上の差し押さえを行うという点については、全く思いつきませんでした。

中山弁護士のどこが「スゴい」のか?

 決済代行業者に圧力をかけることに慣れているのは、消費者問題を担当することの多い、言わば反権力側の弁護士です。他方で、国税徴収法に詳しいのは行政、すなわち権力側の仕事が多い弁護士です。両立しないことが多い能力ですので、双方に通じた弁護士は「両利き」のような貴重な存在です。

 その2つの方法を組み合わせた、そして、決済代行会社の口座に資金が残っており、カジノに流れてしまう前に迅速に抑えた、代理人の功績はその点に集約される、という見方があります。実際そう指摘する弁護士も少なくありません。

 もっとも今回の中山弁護士の「鬼手」には、実はリスクもあります。

 というのも国税徴収法を使った差し押さえは、本来法律が想定している、滞納者の口座による滞納税の差し押さえとは本質的に前提を異にします。わずか数万円の滞納税差し押さえの建前で、実際には税金と関係ない第三者口座に存在する数千万円の資金を凍結する、というのは、かなり大胆な行動です。

 決済代行業者の立場からすれば、「不当」という見方もできます。法的には、行政訴訟で不当な超過差し押さえについて争えば、帰趨は予想できなかったのではないでしょうか。

 報道によれば代理人は「容疑者と業者は委任契約を結んでいて、公序良俗に反する取り引きをしていると判断した」としていますが、公序良俗違反というのは、個別具体的な法律での処理ができない場合にむしろやむを得ず使う理論であり、一筋縄で当てはめられる性質のものではありません。相当な反駁が考えられます。

 そうしたリスクを踏まえたうえで、中山弁護士は、「決済代行業者は恐らく法的に反駁してこない」という点まで想定し、強気な方法に出ていると考えられます。

 国税徴収法の強力な権限を、目的外に流用するという強引さ、さらに、第三者である決済代行業者に対して、争いの余地のある差し押さえを強行し、任意の支払いをさせるところまで追い込む――。

 そのうえですっとぼけて「なぜか満額を払ってきた」と会見に答えているのだとすれば、経緯をぼやかすことで行政への非難をかわしていることになり、代理人は剛腕にして老獪といいたいところです。

 その強引さにはモヤッとする部分が残りつつも、「決断」とはそうしたものなのだろうと思います。

阿武町は「よい用心棒」を雇った

 話は変わりますが、多くの弁護士にとって、「町の代理人」という仕事は魅力的です。

 クライアントは行政だから変なことは言わないし、無茶な案件を押し付けられることもない。ちゃんと予算から費用は払ってくれる。

 地方にあっても、そういう「筋のいい」クライアントを抱えていれば、都心で激務を続ける弁護士を後目にQOLの高い生活ができる。言わば最前線を血まみれで戦う兵隊ではなく、のどかな町に胡坐をかく用心棒……都会の弁護士の中にはそんなイメージを持つ人もいるようですが、それは偏見と思い込みです。都会でも地方でもどこにいても人は争います。

 今回は、「町の用心棒」が思わぬピンチに押し寄せた敵を、方法を選ばず瞬殺した事案であると言えます。

 町はよい用心棒を雇いました。

 私自身、弁護士人生のなかで、どこかで世間の広い注目を集めることがあるかもしれません。そんなときに、同業者ですら気づかない「鬼手」を打って結果を出し、世間をあっと言わせることができれば最高だ――思わずそんなことを考えた一件ではありました。

(田畑 淳)

山口・阿武町4630万円誤給付事件、容疑者の自宅

(出典 news.nicovideo.jp)

<このニュースへのネットの反応>

続きを読む

続きを見る(外部サイト)

ニュースカテゴリの最新記事