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【内匠宏幸】阪神湯浅京己は炎のストッパー津田恒実、火の玉ストレート藤川球児のようになれる
まったくいいことなしの阪神にあって、ようやく光が差し込んできた。スアレスのあと、任せたはずのケラーがこけ、いきなりクローザー不在のピンチに新星が出現した。湯浅京己投手(22)である。まだまだ落ち着きがない。マウンドの上での動きが忙しすぎる。でもそれはキャリアのなさ。ボール自体はかなりの可能性を感じさせる。
何よりバッターに向かっていく姿勢がいい。絶対に抑えてやるという気迫に満ちている。こういう若手のクローザーに出会うのは久しぶりだ。
ひとりは広島にいた。津田恒実、炎のストッパーと呼ばれた男は、湯浅と同じような歩みでマウンドを死守した。1986年、広島カープのリーグ優勝の立役者に。だが、そこまでは故障の連続だった。最もひどかったのは右手指の血行障害。フォークボールを投げることができなかった。
先発はあきらめ、リリーバーで再起を図った。すると86年の春、指と指の間が開くようになった。「これを見てください。ここまで指が開くようになった。恒実の指は春開く…ってこと」。何ともうれしそうな笑顔があった。
あとの奮投はご存じの通り。甲子園での阪神戦。バースに投げたストレートは、確かに浮き上がったように見えた。それでも打ち込まれ、抑えに失敗することがあった。試合後、照明が消えたベンチに座り、涙する津田の姿に遭遇した。「ワシ、もうダメじゃ」とうめき、マネジャーがタクシーを呼び、帰りを促すと「こんなピッチャー、タクシーに乗る資格はないんやけ」。数キロ歩いて帰宅した。それほどの負けん気、これがクローザー津田を支えた。
何よりバッターに向かっていく姿勢がいい。絶対に抑えてやるという気迫に満ちている。こういう若手のクローザーに出会うのは久しぶりだ。
ひとりは広島にいた。津田恒実、炎のストッパーと呼ばれた男は、湯浅と同じような歩みでマウンドを死守した。1986年、広島カープのリーグ優勝の立役者に。だが、そこまでは故障の連続だった。最もひどかったのは右手指の血行障害。フォークボールを投げることができなかった。
先発はあきらめ、リリーバーで再起を図った。すると86年の春、指と指の間が開くようになった。「これを見てください。ここまで指が開くようになった。恒実の指は春開く…ってこと」。何ともうれしそうな笑顔があった。
あとの奮投はご存じの通り。甲子園での阪神戦。バースに投げたストレートは、確かに浮き上がったように見えた。それでも打ち込まれ、抑えに失敗することがあった。試合後、照明が消えたベンチに座り、涙する津田の姿に遭遇した。「ワシ、もうダメじゃ」とうめき、マネジャーがタクシーを呼び、帰りを促すと「こんなピッチャー、タクシーに乗る資格はないんやけ」。数キロ歩いて帰宅した。それほどの負けん気、これがクローザー津田を支えた。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/5bf4ad82141f983036b4460f7ecad4f8bd211e0f
2: 風吹けば名無し miy***** 1時間前
湯浅投手、今の阪神にあって唯一と言っていいくらいの希望のニュース。
怪我に悩まされた昨年までの悔しさを晴らしてほしいですが、くれぐれも一年を通して無事に投げ続けられますように!
これから不調な時も来るかとは思いますが、変わらず応援します。がんばれ!
怪我に悩まされた昨年までの悔しさを晴らしてほしいですが、くれぐれも一年を通して無事に投げ続けられますように!
これから不調な時も来るかとは思いますが、変わらず応援します。がんばれ!
3: 風吹けば名無し kam***** 30分前
湯浅は腰の故障明けです。
救援陣が安定しないので、連投させると故障が再発する可能性が大きいです。
本来であれば今年は1軍で経験と実績を積むシーズンでしたが、登板過多が一番心配ですね。