【人生は恋と革命だ】“恋多き女”瀬戸内寂聴の、恋愛観とは?

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【人生は恋と革命だ】“恋多き女”瀬戸内寂聴の、恋愛観とは?

 99年の生涯にわたって、女性の恋愛や生き方を描く小説を書き続けた作家・瀬戸内寂聴さん。秘書の瀬尾まなほさんは、2011年に寂聴さんが営む寺院・寂庵に就職して以来、誰よりも近くで寂聴さんと過ごしてきました。

 ここでは、瀬尾さんが寂庵で「先生」と過ごした日々を綴った『寂聴先生、ありがとう。』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。正反対の二人の恋愛観が伝わってくる「忘れられない、先生の一言」を紹介します。(全2回の1回目/後編を読む)

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忘れられない、先生の一言

「人生は恋と革命だ」と先生は常に言う。先生は自身が恋多き女であり、不倫も繰り返してきた。過去のすべての男の人をいい男だったと言い、死んであの世で会うとき誰に最初に声をかけようかなど迷っている。

 先生は私たちに貞操観念がないと言う。先生の時代では男女が目を合わせるだけでも注意されたという。恋愛結婚なんてほとんどなく、お見合いでみんな結婚していた。

 先生は、北京に行けることと、お見合い時の相手の白のスーツがかっこよかったという理由で、9歳年上の学者の卵と結婚した。その結婚は5年も続かなかった。家を出るきっかけになった4歳年下の男性とも結婚に至らず、そのあと誰とも再婚せず恋愛を繰り返していた。世間では波瀾万丈の人生を送ったと言われているが、当の本人はそうでもないという。

「大変苦労されたでしょう」とよく言われるけれど、自分ではそう思ったことが一度もないそうだ。いつでも必死だったから、そのとき大変だとか思う余裕がなかったと。

 先生は私を見て思うことがたくさんありそうだ。私が来てから、どんな真新しい恋愛事情が聞けるかと楽しみにしていたのに、全くさっぱりで。

 確かに先生の時代に比べて私たち若者はとても自由。なにしたってかまわない。

「人生は恋と革命だ」と大声で叫ぶ人の一番そばに私はいるのに、何も革命できていない。「100冊の本を読むよりひとつでも本気の恋愛をしなさい」と言う先生のそばで恋愛より本を読んでいる。

 寂庵に来たころは、大学のときから付き合っていた彼がいて、先生が会ってくれたこともある。その彼とはほどなくしてお別れし、私も何度か「好きかも」と思える人がいたけれど、考えすぎて何も行動が起こせずじまい。私のこの煮え切らない性格は、先生をイライラさせた。

あんたは本当に腕がないね」

 憧れの人とバレンタインデーに会えた時も、手作りチョコレートが渡せず、何も言えなかった。先生には大いに呆れられた。私もあのときのことはものすごく後悔している。

 どうしてか、傷つきたくないと思って、自分を守ることを優先してしまう。プライドが高いのか、思いっきり相手にぶつかることができない。結局相手の気持ちなんてわからないのに、あれこれ考えて答えをだして、やめてしまう。考えても結局、悪いほうにしか考えられないのに。

 私は一見あっけらかんとしているように見えるけれど、とってもネガティブで悪い方向にしか考えられず、自己肯定感がものすごく低い。ぐずぐずしている私に先生は、「まさかこんなにダメだとは思わなかった」と何度もあきれていた。そして、いつも「あんたは本当に腕がないね」と言われる。きっと先生は、次々と相手が変わるぐらい積極的なほうが、見ていて楽しいのだと思う。

 クリスマスも何度先生と過ごしただろう。尼寺にクリスマスなんておかしいね、と言いながらターキーを頬張った。私はそのとき先生がサンタさんの顔の刺しゅうが入った靴下を履いていたのを見逃さなかった。

 先生の前で何度か泣いたことがある。恋愛で苦しい思いをしたときや、別れたときは必ず先生に慰めてもらった。「もう飲むしかない!」と言って昼からウイスキーをすすめてくれて、「あんたはいい女だよ、私が認めるくらいなんだから! その男はあんたに怖気づいたんだよ!」と何度も励ましてくれた。

 その度に、私には先生がいて本当によかったと心から思えた。

 私が心底傷ついて悲しんでいるときは、忙しくても励ましてくれるし、一緒にお酒も飲んでくれる。「私には先生がいるんだから、あんな奴いらない!」と思える。

 でも先生はおしゃべりなので、話したことをすぐ他人に言いふらす癖がある。人に言われたくないことは毎日のように、「内緒ですよ」とくぎを刺した。言い過ぎかというくらい口止めしないと本当にばらされる。私のプライベートは見世物じゃない! 先生に言ったことを何度後悔しただろう。

「寂庵ニュースっていってね、ここではすべて公になるんだよ」

「言わないでって言ったことは、言ったらダメなんです。わかります?」

「そんなに言われたくないなら、ここを辞めたら?」

 と極端なことを言ってきたりする。先生、ずるいよ。先生だから本音を話す人ってたくさんいると思うのに、こんなにツーツーになっているの知ったらショックだろうなぁ、と幾度となく思った。昔の編集者も「瀬戸内さんに話すということは、マイクの前で話すのと一緒」と言っていて、「うまいこと言うなぁ」と共感した。

瀬戸内寂聴先生の恋愛観

 一度、ある男の子と仲良くしていることを内緒にしていたことがあった。先生は私が何もかも言うと信じて疑っていなかったので、その彼とお別れして泣きついたときは、慰めとともに少しショックを受けていた様子だった。それから、「この子は何しているかわからないから」と疑われるようになってしまった。

 先生は不倫の何が悪いのかと言う。恋はカミナリと同じ。自分に落ちてしまったら仕方ないじゃない、と。ただ、不倫相手に妻との別れを迫ったりすることはダメだと言う。相手に家族がいることを知ったうえで付き合うのだから、それは図々しいとのこと。

 先生は基本ダメ男が好きで、どうにかしてあげたくなるような人がタイプだとか。一人でも生きていけそうな人には関心がないようだ。先生は男らしい性格なんだと思う。そこらの男の人よりたくましいし、かっこいい。そして小さいことにはこだわらないし、細かくない。優しいし、尽くすし、よく働くしと、まるで男性にとっての理想の女性! 女性のかがみ

 先生は不倫相手の妻にも、嫌われたり、憎まれたりすることがない気がする。不倫相手の子どもにとっては目の敵なはずの先生が、その子どもたちと仲良くしていたりもする。その子が今は才能ある小説家になり、自分の父と母、そして父と不倫していた先生のことを書いた(井上荒野『あちらにいる鬼』)。先生はやっぱり言い表せない程の魅力があるんだ。

「基本、相手に期待しないのよね」とさらっと言った先生に、私は「かなわないな」と思った。本当にさっぱりしている。私なんて勝手に期待して、勝手に落ち込んでいるから。

瀬尾さんを救った先生の一言

 先生はいつも何事にも全身全霊で挑んでいたし、中途半端なことはしなかった。後先考えず突進していく強さもあったし、行動力もあった。それに比べて私は……。先生のそばにいると自分のダメなところがどんどん浮かび上がってきて、なんとも言えない気持ちになる。先生のそばにいるのに、こんなダメダメな自分が時々ものすごく嫌になる。

 就職活動一気に自尊心や自信をぺちゃんこにされた私は、先生によって救い出された。秘書という立場を与えてもらい、テレビや新聞にも出させていただく機会も増えた。先生によって私が輝ける機会を何度もいただいた。なのに自分に自信が持てずにいた。

「私なんか……」とあるとき言った瞬間、先生の目つきが急に変わった。

「私なんかというような子はここにはいらない。私という人間はこの世に一人しかいないのよ。たった一人の自分に対して『私なんか』なんて言うのは失礼。そんなこともう二度と言わないで!」と怒られた。

 その瞬間すごくびっくりしたけれど、それと同時にとてもうれしかった。涙がでそうなくらいうれしかった。自分のことを粗末にしたことを怒ってくれたこと、心がじんわりした。怒られてうれしかったのは、この時が最初で最後かもしれない。

 この言葉は私の頭から一生離れないだろう。こんなにうれしいと思った言葉を言われたのは初めてで、自分のために真剣に怒ってくれたことも、めちゃくちゃ幸せに思えた。

 あ、私また先生に救われた、そんな瞬間であった。

「顔もキツそうなので性格もきっとキツイのでしょう」秘書を苦しめた心ない言葉…“バッシング経験者”瀬戸内寂聴の反応は? へ続く

(瀬尾 まなほ)

瀬尾まなほさん(写真左)と瀬戸内寂聴さん(写真右)©朝日新聞出版

(出典 news.nicovideo.jp)

瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう、1922年〈大正11年〉5月15日 – 2021年〈令和3年〉11月9日)は、日本の小説家、天台宗の尼僧。俗名:晴美(はるみ)。僧位は権大僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。位階は従三位。学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子
51キロバイト (7,902 語) – 2022年4月2日 (土) 10:36

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