ウクライナは被害者、だが敢えて言う「ゼレンスキーに国会演説させていいのか」

NO IMAGE

ウクライナは被害者、だが敢えて言う「ゼレンスキーに国会演説させていいのか」

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

JBpressですべての写真や図表を見る

 ウクライナの首都キエフをはじめて訪れたのは、東日本大震災があった翌月のことだった。

 日本国内では福島第一原子力発電所の事故が予断を許さない状況が続いていたが、その年の4月26日には史上最悪とされるチェルノブイリ原子力発電所の事故からちょうど25年を迎えていた。福島の将来を推し測るための取材だった。

東日本大震災直後、キエフに「頑張れ日本」の横断幕

 その時、キエフ市内を歩くと、ウクライナ国立歌劇場の外壁に張られた大きな横断幕に日本語があった。

「頑張れ日本」

 そう書かれていた。震災と原発事故に直面した日本を応援するメッセージであることはすぐにわかった。日本企業のスポンサーもついてはいたが、劇場内ではこの時期に日本フェアを催していて、日本へ熱い視線が注がれていた。

 それだけではなかった。チェルノブイリ原発から東に約50キロいったところには、原発で働く従事者のためのベッドタウンが事故後に開発されていた。スラヴィティチ(Slavutich)というこの街と原発までは直通列車で結ばれ、通勤に利用されていることは以前にも書いた。

【参考】ロシア軍によるチェルノブイリ原発占拠で報じられない「本当の危険性」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69260

 この街にも滞在したが、事故発生日に合わせて市内の劇場では、リクビダートルと呼ばれる事故発生直後に身体を張って収束作業に従事した作業員の表彰が行われていた。まだ50代の屈強な男たちばかりだったが、それでもここまで生き残っているリクビダートルの数のほうが少なかった。それだけ事故処理は過酷を極めた。

「必要ならフクシマにも呼んでくれ」

 その彼らに声をかけると、逆に彼らは私を質問責めにしてきた。

「それより、いまはフクシマだろう」

フクシマ大丈夫なのか?」

「経験なら俺たちにある。必要なら、フクシマにも呼んでくれ。なんでも手伝えるぞ」

 なによりの励ましの言葉だった。

なぜ「真珠湾を思い出せ」の言葉を選んだのか

 そのウクライナの人々が戦火の渦中にある。それまでの国際秩序を打破するロシアの侵攻によって、多数の市民が命を落としている。日本が支援するのも当然のことであろうし、実際にいくつかの自治体で、日本へ避難してきたウクライナの人たちを受け入れる態勢を整えている。23日には日本の国会で、ウクライナゼレンスキー大統領オンラインで演説することが決まっている。

 だが、ゼレンスキーの国会演説を易々と認めてしまっていいものだろうか。

 ゼレンスキーオンラインによる議会演説は、英国、カナダ、米国、ドイツに次ぐ。16日の米国議会での演説では、「真珠湾を思い出せ」と叫んで、あの奇襲攻撃と同じことが起きていると説いてみせたことに、日本国内では不快感をあらわにする声がネット上で沸いた。

 すでに日本はボツダム宣言を受諾して、当時のソ連はともかく、米国とは講話条約も締結して太平洋戦争は過去のものとなっている。それを持ち出すことに、私も違和感を覚えた。

 ロシアの侵攻を過去の歴史に照らすのであれば、ゼレンスキーには米国議会で「トンキン湾を思い出せ」と語って欲しかった。トンキン湾事件とは、米国がベトナム戦争に本格参入するきっかけとなったもので、ベトナム北部のトンキン湾で米海軍艦船が魚雷攻撃を受けたとして、米国が北爆を開始。地上部隊の大量派遣に踏み切った。のちにこれは米国による捏造だったことが発覚している。

 ロシアの軍事侵攻を前に、その口実となるロシア側の偽情報に警戒するように呼びかけ、いまここへ来てロシアが偽情報を根拠に生物・化学兵器を使用する恐れのあることを喧伝する米国にとっては、苦い歴史的経験が礎になっている。現実にロシアウクライナの東部地域で「ジェノサイド(民族大量虐殺)」が起きていると主張し、「ロシア系住民の保護」「自国民の保護」を理由にロシア軍が軍事侵攻を開始した。

 G7(主要7カ国)が一丸となっての支援を求めるのであれば、真珠湾を持ち出すべきではなかったと思うが、それでも米国議会でそう語ったのは、米国の国民感情を煽る意図が優先したはずだ。それで支援をより引き出しやすくする。

 同じ手法を用いるのなら、ゼレンスキーは日本の国会で北方領土に言及するはずだ(あるいは、日本側がそう要請するかもしれない)。それで親和性を高め、ロシアへの対抗意識を強固なものとさせる。あるいは、核ボタンを握るプーチンの脅威を煽るために、広島、長崎の原爆投下を語る。ただ、そこは真珠湾とは違って米国への配慮からあえて触れないか、米国を逆撫でしない範囲に抑えるかもしれない。

「隣国の侵略を許した政治の素人」か「国民を鼓舞する危機のリーダー」か

 もともとゼレンスキーという人物は、コメディ俳優だった。主演を務めた、高校教師が大統領になるというテレビドラマが大ヒットして、その続編の放送中に大統領選挙を戦い、前職に圧倒的大差をつけて当選した。人を煽動することには長けている。

 ウクライナという国も、私が最初に訪れた11年前にはすでにIMF(国際通貨基金)の融資を受けていた。IMFからは国内に蔓延する汚職の撲滅や年金の見直しなどの構造改革を求められている。その時にはヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領だった。彼がロシア寄りの政策をあらためなかったことから、2014年にはデモ隊と警察の衝突がキエフ市内での大規模な暴動に発展する。ヤヌコーヴィッチはロシアに亡命して政権は崩壊。次にチョコレート会社のオーナーだったペトロ・ポロシェンコを大統領に選出。それも19年の選挙戦でゼレンスキーに敗れている。

 国民感情によって国政は揺れ動き、政治的技量は未知数だったゼレンスキー大統領に就任しても、脆弱な国情は変わっていない。

 むしろ、国家指導者として、国土の侵略を許し、国民の生命、財産を守ることもできずにいることは、もっともあってはならいことのはずだ。大衆迎合的に大統領の座に就いた役者が、有事を招いていままた国民を鼓舞している。

日本はNATO諸国と違う視点でウクライナを支援できるはず

 いま隣国のポーランドでは、ウクライナからの避難民を積極的に受け入れている。そのことは連日の報道で伝えられている。NHKの報道では現地との中継を結び、「ポーランドが避難民の受け入れに積極的なのは、かつてナチス・ドイツの侵攻を受けた経験があるからだ」などと解説していた。果たして、そうだろうか。

 ポーランドをはじめとするNATO北大西洋条約機構)加盟諸国がもっとも避けたいことは、ロシアと直接軍事衝突することだ。国境を跨いでロシアが攻め入り、自国を戦火に巻き込まないことだ。そのための緩衝地帯としてウクライナが機能している。NATOウクライナに派兵しないのも、加盟していないこともあって、直接の衝突の原因をつくらないためだ。その代わり、武器を供給して、ウクライナでの徹底抗戦を後押ししている。それで自国に火の粉が舞ってくることを避ける。本来であればロシアの侵攻の目的もウクライナを取り込んで自国の緩衝地域にしたかったはずが、NATO側がそのまま利用している。

 ウクライナ地政学的な悲劇ともいえるが、それを重々理解しているからこその贖罪の意識が、戦火を逃れてくるウクライナ国民の積極的受け入れにつながっていると見るべきだ。

 だから、NATO加盟国の議会でのゼレンスキーの演説と、日本の国会では事情が異なる。にもかかわらず、先方の求めに国会が応じて、先の米国議会のように得意の大衆迎合的パフォーマンスの独壇場にしていいはずもない。繰り返すが、ロシア一方的な侵略によるものだとしても、ゼレンスキーは国土と国民の生命と財産を危機に陥れている大統領だ。

 それよりも、戦争によっていつも焼け出されるのは一般市民だ。国の未来をつなぐはずの子どもたちが命を落とす。彼ら彼女たちにはどうすることもできない。NATOの呪縛もなく、日本はウクライナ国民を支えることができるはずだ。もっと積極的に。より人道的に。あの日、ウクライナの人々が日本を励ましてくれていたように。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  プーチンかく敗れたり

[関連記事]

プーチンは錯乱している?その憶測は「正常性バイアス」かもしれない

ウクライナに一刻も早く平穏を、蘇る「市民が狙われた」ボスニア紛争の記憶

3月16日、アメリカ連邦議会においてオンラインで演説したゼレンスキー大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(出典 news.nicovideo.jp)

<このニュースへのネットの反応>

続きを読む

続きを見る(外部サイト)

ニュースカテゴリの最新記事