【鈴木涼美】被爆国の元首相が核共有を主張する愚

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【鈴木涼美】被爆国の元首相が核共有を主張する愚

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

2月27日安倍晋三元首相が、アメリカ核兵器を自国内に配備する「核共有」について「日本でも議論すべき」と発言。岸田文雄首相は「非核三原則を堅持する、我が国の立場から考えて、認められない」と否定した。3月4日にはウクライナ南東部のザポリージャ原発がロシア軍に掌握され、国際社会からのロシアへの非難は一層強まっている

◆富士の国のアクニン

90年代末のロシアで探偵小説シリーズで大ブレイクしたボリス・アクーニンは、そのペンネームミハイル・バクーニン(19世紀ロシアアナキスト)と日本語の「悪人」に由来することや、作品中に妙にリアリティのある日本人が登場することからもわかるように、もとは日本文学の研究者として活動していた。

80年代後半、『金閣寺』など三島作品のほか、島田雅彦や多和田葉子の小説を翻訳。ゴルバチョフによるペレストロイカで解禁されるまで、三島由紀夫はソ連ではタブーの作家だった。

生まれは2008年ロシアとの紛争の舞台となったグルジア(現ジョージア)で、2歳の時に家族とともにモスクワに移住した。小説執筆のほかロシア国家の歴史書の編纂などにも取り組んでいるが、現在はプーチン政権を嫌ってロシア国外で暮らす。

そんなアクーニンは昨年末、時事通信の取材に答えてこんなふうに話していた。

「ソ連はイデオロギー国家だったが、ロシア独裁者の生涯にわたる権力を維持する以外に何の思想も持っていない」。

今回のウクライナ侵攻に際しては、ノーベル平和賞受賞のジャーナリスト、ドミトリー・ムラトフらとともに、「ロシアウクライナに対してしかけた戦争、これは恥辱である」とする声明に署名している。

このほかにも多くの芸術家らが声明を出したり、国立劇場の要職を辞したりと、自国トップのしかけた戦争にNOを突きつけている。文化人たちだけではない。ロシアでは各都市で軍事作戦に反発するデモが広がり、すでに数千人規模の拘束者が出ている。

独裁者の生涯にわたる権力を維持することだけに注力している国では当然、テレビなどのメディアを政権トップが握り、政権に都合の悪い情報にアクセスできず、政府系メディアが政権に正当性を与える報道を続け、抗議すれば当局に拘束される危険がある。それでも、市民たちは「戦争反対」と書いた紙を掲げるなどして抗議している。

もはや国の統制が利かない情報ネットワーク技術の進歩と、偏った情報の中でも絶やされない良心という、二重の意味で心強い動きがある一方、広大なロシアのもう一方の端に隣接する東の島国では、国の元トップが米国の核共有について議論をすべきなどと発言した。

建前上、この地では言論の自由が保障されており、ビザなしで渡航可能な国数を指すパスポートの強さは世界一で、つまり世界の多くの情報にアクセス可能な恵まれた状況にある。トンデモな歴史本もあるけれど、選挙もあり、政府批判で毒殺されることもなく、ついでに識字率も限りなく100%に近い。

それでも元首相だけでなく、昨年の衆院選で第3党となった政党も「核共有の議論の開始」などを盛り込んだ提言を政府に提出した。唯一の被爆国として非核三原則を掲げてきた歴史を蔑ろにする発言は、いずれもウクライナの現状を見て、国民を守るために焦ったと好意的に解釈する気にはあまりならない。むしろ駆けて、駆けて、駆け抜ける盟友プーチンの独裁を羡望したのではと訝しむ。

どんなに過酷な言論統制下でも、人は重要な思想を育てるが、どんなに恵まれた情報の海にあっても、人は偏った歴史観や差別感情を育てるらしい。

戦後の日本そのものが欺瞞と矛盾に満ちているものだということは、ソ連に警戒されていた作家の自決事件を思い起こすまでもないだろうが、歪な矛盾を抱えて不戦を謳ってきた時代を、その時代に生まれ、その時代の文化を愛してきた私は、無意味で空虚なだけだったとは思わない。
※週刊SPA!3月8日発売号より

【鈴木涼美】
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―
写真/提供:ZAPORIZHZHIA NUCLEAR AUTHORITY/AFP/アフロ

(出典 news.nicovideo.jp)

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