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【需要高い?】チャンカワイ「ロケ芸人」として重宝されていると話題に
年間ロケ数200回以上!チャンカワイが明かす「仕事急増の秘密」
2022年1月4日 14時0分 FRIDAYデジタル
https://news.livedoor.com/article/detail/21456490/
(出典 image.news.livedoor.com)
◆ロケ回数は年間200回以上!
さまざまなロケ番組、検証番組に引っ張りだこのWエンジンのチャンカワイさん。その数は年間200回を超え、ロケ芸人としてのポジションを確実なものにしている。
世の中の気になることを検証する『それって!?実際どうなの課』では、テーマと真摯に向き合い、体を張った検証が話題となった。その結果、Twitter上では「#チャンありがとう」というハッシュタグも生まれ、感謝やエールが絶えない。
正確な情報提だけでなく、感動まで与えてくれる、チャンカワイさんの考えるロケのポリシーとは?
◆ロケデビューは『進ぬ!電波少年』
――初めてのロケはどんなお仕事でしたか?
チャンカワイ(以下、チャン):芸人になって半年くらい経った頃にやった『進ぬ!電波少年』の「電波少年的インターポール」です。番組に集められた芸人4人が、海外の危険な旅行先に一人ずつ派遣されて現地をまわり、残りのメンバーがそれを東京のアジトで見守るという企画です。期間は半年くらいで、その後で、「電波少年的アンコールワットへの道の舗装」企画にも加わりました。これは3ヵ月くらいでした。
――衝撃的なロケデビューをされたんですね……。ロケ後の恩恵は?
チャン:それが……。「インターポール」は番組史上1番ハネなかった企画だったらしく、精一杯頑張って企画をやり遂げてから世間に戻ったんですが、まわりからの反響は、特にありませんでした。
前作の『進め!電波少年』で、猿岩石さんたちが書いた日記がヒットするのを見ていたので、僕もそんな夢を描きながら日記を書いていましたが、出版の話も来ませんでした。解放された後にやったのはトークライブ1回だけ。その後、芸人の下積み生活がちゃんとスタートしたという感じですね。
――では、いつ頃から「自分はロケ芸人だ」と自覚したのでしょうか?
チャン:実は、『進ぬ!電波少年』以降、10年くらいはロケの仕事が来なかったんです。その間は、『爆笑レッドカーペット』に出たりして、ネタ芸人として頑張っていたんですが、東日本大震災が起こって、仕事が一気になくなりました。
そんな時に、僕を拾ってくれたのが『イッテQ』でした。そこから、月の半分が海外ロケという生活を5~6年経験して、少しずつ他のロケ番組にも参加させてもらうようになりました。その頃は、ただただ、いただくお仕事に邁進するだけだったので、自分がロケ芸人だと意識することはありませんでしたね。
意識しだしたのは、けっこう後になってからです。2年くらい前に『アメトーーク!』で「ロケリポーター芸人」のオファーが来たときに、年間のロケの回数を調べてもらったら、11月の時点で200回を超えていて、そこでやっと自覚しました。
◆チャンカワイの考える「ロケ芸人の役割」
――それだけの数のロケに呼ばれるようになった理由は何だったんでしょうか?
チャン:ロケとは一体何なのか、僕の役割とは何なのか、ということがわかってきたからでしょうか。
もともとロケの仕事をしたくて、事務所にも相談していたんですが、なかなか話が来なかったんですね。その頃は、「僕の役割は何だろう?」というのをよく考えてました。テレビに出たくても出れない。でも「惚れてまうやろ!」「気を付けなはれや!」のフレーズは知ってもらえてる。だから、テレビのスタッフさんは、フレーズを言ってほしくて僕を使うんだと思ってました。
でも、これは勘違いでした。違和感を持ちながら、求められるままに「惚れてまうやろ!」と言っていたら、そのうち各番組を一周し終わったんです。「フレーズでしか知られてないからだ」と反省しました。
でも、『イッテQ』では、僕の人柄が伝わっていって、そのうち「チャンさんの感想をください」って言ってもらえるようになりました。
番組ってタイプがいくつもあって、一言だけ言えばいいタイプもあれば、後で何とかするから自由にやって欲しいというタイプもあるし、『イッテQ』みたいにジワジワ追い詰めていった先にどんな言葉が出てくるのかを楽しみたいタイプもあります。これがわかったことが大きく関係していると思います。