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【BOØWY】「氷室京介は“解散”と決して言わなかった」高橋まことが語る「一番悲しいクリスマスイブ」
1: muffin ★ 2021/12/25(土) 23:39:32.16 ID:CAP_USER9https://gendai.ismedia.jp/articles/-/906641980年代に人気を博したロックバンドのBOØWYが、今年でデビュー40周年を迎えた。氷室京介、布袋寅泰、松井常松、高橋まことの4人で結成されたバンドは、わずか7年という活動期間でさまざまな金字塔を打ち立て、「伝説のバンド」とも言われることも多い。渋谷公会堂(※当時)での解散発表から34回目のクリスマスイブを迎える今、記事前編に続き、ドラマーの高橋まことが、当時の記憶や、現在も輝きを放ち続けるメンバーへの想いを語った。
■長野のホテルで「1位を取ったら解散する」と誓った
――シングルの『マリオネット』(1987年7月)がキャリア初のランキング1位を獲得、そのわずか半年後の1987年12月24日に解散を発表したBOØWY。人気絶頂のなかでの解散は多くの人を驚かせましたが、メンバー内ではそれ以前から解散の話し合いが持たれていたと言います。
解散について真剣に向き合ったのは、最初のアルバムツアーになった「BOØWY’S BE AMBITIOUS」(1985年9~12月)の長野公演を終えた12月16日が最初でしたね。布袋が「4人だけで話したい」と言って、泊まっていた長野ワシントンホテルのラウンジにメンバーを集めて、「この後、俺たちは多分売れる思う。そうしたら解散しよう」と言ったんですよ。その時は、「やっとマイナスからのスタートラインに立ったばかりなのに…」とか、「まだ解散は先だな」と思っていたんだけど、あれよあれよと人気を博していきまして…。今振り返ってみると、布袋には「みんなで好きな道に行こう」というビジョンがあったんじゃないのかなと思うんだよね。
――その後、3枚目のアルバム『BOØWY』(1985年6月)で注目を集め、4枚目の『JUSTA HERO』(1986年3月)、5枚目の『BEAT EMOTION』(1986年11月)とヒット作をリリースし、絶大な支持を獲得しました。その後、シングルの『Marionette-マリオネット-』(1987年7月)が初のオリコン1位を獲得して名実とも日本一のロックバンドに輝くと、9月には6枚目のアルバム『PSYCHOPATH』をリリースし、大ヒットを記録しました。
1位を取れたのは、これまでに4人が一生懸命やってきた結果でしかなかったと思う。人気絶頂での解散は、「勿体無い」と思うこともあったし、俺自身は、「やれるなら続けていきたいな」という想いもあったんだけど、「辞める」と言ってしまったんだもん。みんなで覚悟を決めるしかなかった状況でしたね。(1987年6月に制作された)『PSYCHOPATH』のレコーディングをしているときは、「これで終わりなんだ…」と思いながらやっていましたよ。
だがアルバムを受けて開催された『DR.FEELMAN’S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR』の最終日、12月24日の渋谷公会堂(現LINE CUBE SHIBUYA)公演をもって、突然の解散が発表される。シングルチャートで初の一位を獲得した半年後に、BOØWYは解散を発表。「『今まで一番悲しいクリスマスイブだった』と今でも言われることがあって、その度に胸が痛むんだよ」と、高橋さんは想いを語る。
――解散を告げる氷室さんのMCを聞いた時の高橋さんの率直な心境を教えてください。
ヒムロックは「それぞれの道を行く」と言って、「解散」という言葉を使わなかったんだよね。本人じゃないからわからないけど、あいつも言いたくなかったのかな。「“解散”と言わないんだ…」とは思ったけれど…。
中略
――ギタリストの布袋寅泰さんは、パラリンピックの開会式にも出演され、年末の紅白歌合戦にも出場も予定されています。元メンバーの活動をどのようにご覧になられていますか?布袋は相変わらず凄いな。アクティブだし、才能もいまだに枯れていない。見てて嬉しいよ。氷室も「ライブ活動はやらない」と言ってマイクを置いたけど、決して音楽を辞めたわけではない。これから新譜を出してくれる日を楽しみにしているし、きっと俺たちに何らかの答えを出してくれると思っている。俺もやれることはやっていくつもりです。
全文はソースをご覧ください
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記事前編
第一印象は「おっかない二人」がいるバンド…「BOØWY」ドラマー高橋まことがクリスマスイブに想うこと
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/90663
ネットの反応
布袋が売れたら解散しようといったときの
氷室と松井の反応はどうだったのよ
完全無言だったのか、それともおまえが決めるんじゃねえと氷室が言ったとか
なんかあったでしょ
一番肝心なところをなぜ聞かないのか
なんか布袋が偉そうに語ってるけど
氷室が三人をリストラしたんじゃないの?
当時は氷室の方が未練が有った印象
ラストギグのスピーチの時に、布袋を振り返ったが
目も合わせなかった布袋のシーンが強く印象に残ってるわ
再結成しないのは氷室の意地とプライドだろうな
恨みも有るだろうが、布袋から得た恩恵が遥かに上回るのは氷室も痛感してるはず
boowyはこれで良い
33年も前の話。
つまり今生きている人間の3割近くはその当時には存在すらしていない。
氷室は地元の番長で布袋は舎弟じゃ無かったの?
そういう印象
頑張ってる
好き嫌いかは別にして凄すぎ
松井常松
の凄さを誰か教えて下さい
すごいバンドのメンバー
すごい2人を堅実に支えた
あの腕でバンドに入れた運の良さ
U2のリズム隊みたいなもん
バクチクデビュー前に
高橋まこととあって
目の前でドラム叩いたのを見て
流石プロはレベルが違うって思ったっって
話を聞いたことがある
三十年以上聴いててもその感想に異を唱える気にはならない
ライアーガールとかもしまだなら聴いた感想を知りたいよ
この辺も役割分担だべ
静かな人も意外に普通にお話できる人
印税も大して入ってこないだろうな
氷室が耳おかしくしたから、再結成は難しいだろう
まこっちゃんのドラム好きだから頑張ってほしいわ
言っていいとしても氷室だけじゃ?
解散したかったから
ヒムロックに誘われた身なんだから
ヒムロックが布袋のギターなしでは無理だから解散と言うかも知れないし、分かった今までありがとうと布袋を「卒業」させたかもしれん
いずれにせよイニシアチブは氷室にあるだろう
それを全員道づれの解散なんて偉そうに
あのタイミングで解散したからいまだに語られる
尾崎とかブルーハーツとかそうだけど
昔は死ぬほど聴きまくってたけど同意だな
つか、ブルーハーツやXの方が若い人が知ってる曲はあるんじゃないの?
紅とかTRAIN-TRAINなんて応援歌の定番だし
BOOWYはもう完全に過去のバンドだよ
知らんけど
一番勢いあった時期は20万人ライブとかいう客より自分たちの気持ちよさ優先のクソライブだったけど
BOOWYが伝説化してるのは氷室と布袋がソロでも大成功したから
グレイがソロで成功するとは思えん
ソロの大成功なんて関係ないよ
解散発表時に既に伝説クラスになってる
大規模ライブもお祭り気分で楽しいものだよ
引用元: https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1640443172/