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【朝日新聞社説】スパイ防止法の策定 排外主義、さらには政権への批判を許さない空気を強めることが危惧される
厳しい安全保障環境に対応するためというが、国民のプライバシーの侵害や表現・報道の自由の制約につながりかねない。排外主義的な風潮を助長する恐れもある。強い副作用を伴う法律が、民主的な社会の基盤を壊さないか。疑問や懸念が尽きない。
■新法の必要性不明確
自民党と日本維新の会は連立政権合意に、インテリジェンス・スパイ防止関連法制の検討を年内に開始し「速やかに法案を策定し成立させる」と記した。国民民主党や参政党はすでに、スパイ防止やインテリジェンス強化を盛り込んだ法案を国会に提出した。
中曽根政権時代の1985年、自民はスパイ防止法にあたる国家秘密法案を提出したが、廃案に終わった。処罰対象が幅広くなるうえ、最高刑が死刑と厳しく、言論・表現の自由を侵害するとして、国民の強い反対があった。
その後、第2次安倍政権が2013年、防衛・外交・スパイ・テロの4分野を対象にした特定秘密保護法を制定。経済安全保障にかかわる重要情報を保護するための法律も昨年できた。
日本は「各国の諜報(ちょうほう)活動が非常にしやすいスパイ天国」との言説があるが、石破政権は8月、その見方を否定する答弁書を閣議決定した。捜査関係者の間でも「現行法でスパイ行為を取り締まることは可能」との見方は多い。それでもなお新法が必要だというなら、まずその根拠が明確に示されなければならない。
外国勢力の影響力行使に対処する法律の整備が遅れているとの指摘もある。欧米で多く採用されているのが、自国内でロビー活動や広報などを行う「外国代理人」の登録を義務づける法律だ。
外国勢力の動向が見えるようにするとともに、登録のない活動をあぶり出す狙いがある。ただ、どこまでを外国勢力と見なすか。定義があいまいなら、政府による恣意(しい)的な運用の懸念が拭えない。
(略)
具体的な制度設計を見ないと、真に情報力向上につながるのかは評価できない。ただ、注意すべきは、情報は時の権力によって、恣意的に使われるおそれがある「両刃の剣」であるということだ。
典型がイラク戦争だ。米国のブッシュ政権は「イラクに大量破壊兵器がある」との情報を大義名分に攻撃に踏み切ったが、のちに根拠がなかったことが判明している。
より深い情報収集と的確な分析が必要だとしても、通信傍受や身分の偽装など、情報機関の活動や権限が際限なく広がれば、国民の自由や権利にかかわる問題が生じうる。
情報機関が独断専行しないよう、国会など第三者がチェックできる仕組みも、併せて議論することが不可欠だ。
■排外主義助長を懸念
高市首相は安保関連3文書の改定で、防衛力の一層の増強をめざす。一方で、自身の台湾有事をめぐる発言が発端となって、中国との関係が悪化しても、事態の収拾に率先して動く姿勢は見られない。
外交を含む総合力をバランスよく整えるより、力を重視し、国家による統制を志向しているのではないか。
外国人労働者や観光客の増加を受け、根拠のない排外的な言説がSNSなどで流布されている。その矛先は国内にも向かい、首相の台湾有事発言を批判する人に向かって「日本人じゃないの?」と言ったり、スパイ防止法に反対する人をスパイ呼ばわりしたりということが起きている。
スパイ防止法の制定が排外主義、さらには政権への批判を許さない空気を強めることが危惧される。
戦前の治安維持法は当初、共産主義が外国から入ることなどを防ぐ手立てであったが、自由主義者や社会運動全般にまで取り締まり対象が拡大し、反政府的な言動を抑え込む国家統制と戦時体制の道具に使われた。
中国は20年、「外国勢力の干渉を防ぐ」ことなどを目的に、香港国家安全維持法を導入したが、もっぱら反体制的な言動を取り締まる手段となっている。古今東西の教訓を忘れてはいけない。
民主的な手続きが十分に担保されない情報保全や情報機関の強化は、自由で多様な意見を許さない社会をつくるおそれがある。そのことを常に肝に銘じておく必要がある。





