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ステーキ、牛タン、牛丼などが続々と「値上げ」をしている。
コロナ禍によって世界的に肉の生産が落ち込み、供給が追いつかない、といういわゆる「ミートショック」が原因だが、この傾向は今後も進行していくという見方も多い
(中略)
日本人の間で半ば常識のように定着してしまっている「安くてうまいのはいいことだ」という妄想を見直すきっかけになるかもしれないのだ。
10月末、ミートショックで吉野家が牛丼(並)を426円に値上げをしたとニュースになったが、筆者がまだ10代だった30年以上前もそれほど変わらない水準だ。200円台になったこともあるが、この30年ほとんど同じような価格をキープしている。これがかなり異常なことであり、日本経済にとってもマイナスであることを、ミートショックを機に、社会が広く認識できるのではないか。
「何がマイナスだ! “安くうまい”のおかげでどれだけ救われている人がいると思っているのだ!」というお叱りが飛んできそうだが、そんな幸せを実現するための“企業努力”のせいで、庶民の地獄が30年間も続いている醜悪な現実に、いい加減そろそろ気付くべきだ。
日本の「安くてうまい」がいかにクレイジーな領域までいってしまっているのかを、理解するのにうってつけなのが、ビッグマックの価格である。1990年当時の価格を基準とすると、米国や中国は約2.5倍に高くなっているが、日本は約1.05倍。吉野家の牛丼と同じで、ほとんど同じ水準なのだ。こういう国はかなり珍しい。
このビッグマック価格と見事に重なるような動きをしているものがもう一つある。それは、日本の平均年収だ。OECDのデータによれば、米国、ドイツ、英国、フランス、そしてお隣の韓国でさえ90年から平均年収は基本的に右肩上がりで増えている。しかし、日本だけが「30年間横ばい」なのだ。
吉野家やビッグマックが30年間、「安くてうまい」をキープしてきたように、日本企業も30年間、賃金を「安くて経営者にとっておいしい」という状態にキープしてきたのだ。
(中略)
例えば、今回のミートショックで考えてみよう。各社が値上げに踏み切る中で、「企業努力で価格据え置き」のステーキチェーンがあったとしよう。輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を、仕入れ先や仕入れる量を変えたりするなどの工夫で乗り切ったのである。
そんなニュースを聞くと、おそらくほとんどの人は「お客のことを第一に考える努力で素晴らしい!」と称賛するだろうが、ちょっと冷静になっていただきたい。確かにこの企業は努力によって「値上げ」を回避することはできているが、それと引き換えに企業としてやらなくてはいけない大事なことを犠牲にしている。
それは「賃上げ」だ。
ミートショックで打撃を受けているのは、この企業の従業員も同じだ。彼らも仕事が終われば、1人の消費者になるからだ。原油高の影響で肉以外、さまざまなものが値上げされている。こんな状況で、給料が据え置きならば当然、従業員の家計は苦しくなる。お客のために企業努力をするというのなら、従業員のためにも賃上げ努力をしないと理屈が合わない。
(中略)
しかし、先ほどのステーキチェーンはそれをあっさりと放棄している。輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を、仕入れ先や仕入れる量を変えたりするなどの工夫でチャラにできたとしても、従業員とその家族の生活水準を維持するには、「値上げ」に踏み切らなくてはいけないはずだが、それを見事にスルーしている。
言い方によっては「社員一丸となってお客さまのために値上げをしなかった」と美談にすることもできるが、やっていることを冷静に俯瞰(ふかん)すれば、値上げを回避するために「実質的な賃下げ」で労働者を犠牲にしているだけだ。もっと厳しい言い方をすれば、搾取である。
(中略)
10月25日に放映された『Mr.サンデー』(フジテレビ系)には、米国の企業経営者が登場して、コロナ禍の中で「優秀な従業員を奪われたくない」という理由などから賃上げや値上げに踏み切った理由を語っている。
(中略)
このCEOだけではない。世界の経営者はどちらかといえば、こういう反応のほうがノーマルだ。「賃上げ」や「値上げ」は企業をより成長させるエンジンにしているのだ。
「企業努力を続けてきましたが、もう限界なので39円値上げします。え? 賃上げ? いや、減税してくれたり、景気がよくなったりしたら、ちょっとは考えてもいいですけど」なんてことを悪びれなく言えてしまう、日本の経営者のほうが異常なのだ。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/a34f5b66c7840e6efa138696f0e3ec227f55aded